銀桜

□星のささやき(銀桂)
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「どうかしたのか?」
「銀時…」
その人は窓から漏れる月明かりを受けていた。その襟髪を月明かりが白く映し出していた。
俺が声をかけた瞬間、ふりむきざま、その細い肩にかかる黒髪はさらさらと流れるような音さえ聞こえるようだった。
俺の顔を見て急いで顔をそらした。
俺はそのさまを見て一刹那言葉に詰まる。
「水、水のんできた」
…泣いていたのか?ヅラ
桂は安堵の顔をした。
「…ふっ変だな。眼が覚めてお前がいなくて…涙が止まらぬのだ」
俺は泣きながら無理して笑顔を作ろうとしている桂がたまらなくいとおしく感じた。
でも、そんな時でさえ嫣然と正座を崩さず、凛としている姿が眩しかった。
かって戦場を駆け抜け英雄と呼ばれていた桂。
時が経ち天人が闊歩するようになった今の世の中は、国家に仇なす反乱分子。狂乱の貴公子、又は血も涙もないテロリスト呼ばわり。
攘夷志士には桂を慕う者も多くいる。その中で一体どれだけの人間が桂の涙を目にした事があるだろうか…いや実際戦場の場であっても決して涙をみせなかった。
…ただ、俺は。
桂が死んでいった者達に酒を手向けていた時に何度か見た事がある。
あの時、以来だ………。
俺は、背を向けて泣いている桂を後ろから抱きしめた。
俺が桂に黙って隊を出てから初めて逢った時、せめて恨みつらみを吐き出してくれたなら。
罵倒されても構わなかった。
それに値するひどい事を俺はしたのだから。
俺は又お前を傷つけたのか?
「…又黙って行ったのかと。又、俺はおいていかれたのかと…」
「…」
「もう、もう…あの日の想いをするのはいやだ」
「…うん」
「俺は、…あの時お前を追いかけて行く事はできなかった」
「…わかってる。おれの、わがままだった」
「…追いかけたかったのだ。何もかも捨てて。でも、心が痛くて苦しくて。その時を思い出してしまった。一番つらかった日の事を。もう二度と逢えぬと思っておった。なのに、又逢えた。そして…又俺はおいて行かれたと…」
俺は抱きしめる手にチカラを込めた。
俺の頬に桂の頬があたる。その白くて冷たい頬は涙でいっぱいで。
そして俺は、その頬にゆっくりとくちづける。
「涙はしょっぺぇし、腹一杯にはならねーなぁ」
「貴様はバカか」
「あぁ」
「そんなもん食っても腹の足しにはならんだろう。貴様は甘いものが好きなくせに」
「お前の頬は冷たいな。涙はしょっぱいけど、お前のは甘く感じる」
「貴様は全身甘ったるい。糖が出ておるのではないか」
「は、うっせーよ。あぁ、この前辰馬が言ってた。どっか遠くの国の冬はえれぇ寒いんだって。人の吐く息も凍ってしまうくらいにな」
「雪女の事か?」
「その時、かすかに音が聞こえるんだって」
「坂本の受け売りにしては、よく覚えていたな」「…星のささやきって言うんだとよ」
「へえ」
「俺はな、その音が…」興味津々に俺を覗き込んでくる桂の瞳を見た。
「…なんだ、もったいぶらずに話せ。貴様は音まで甘かったとでも言いたいのではあるまいな」
いたずらっぽく笑う桂を見て、あぁやっぱこいつは笑ってる方がいいと思った。
心底こいつには笑っていてほしいと思った。
俺はその先の言葉を伝える前に、その言葉を飲み込んだ。
お前のその涙が静かに流れるさまが、星のささやきと同じようにかすかな音を伴って聞こえたような気がした、と。
そしていとおしいお前がこの先、一人で涙を流すことがないようにと願いを込めて。
でも銀時は、いたずらっぽく笑った。
「…教えてやんねー」



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