戦国BSR

□声にして伝えたいA
1ページ/2ページ


誰が信じるものか。

我にかぎってそんな事があるはずはない。
動悸がするのも顔が熱くなるのも、気付けば目で追っているのも気のせいよ。
あの男の言う事など、未だかつて正解だった例(ためし)がない。

恐らく、季節の変わり目独特の気候ゆえに起きた体調不良であろう。
体の管理一つなっておらぬとは、我とした事が情けのない事よ。





「毛利っ!やっと戻ったか。待ってたぞ」





部屋の前の縁側で優雅に書物を読んでいる女が一人。
立ち上がって居住まいを正した後、にっこりと笑いかけて来る。
この女が何故我を待っていたのかは容易に想像できるが、あえて口には出さない。
特に反応するでもなく女の横を素通り。





「先日借りた書物は実に面白かったぞ。今日はまた別の書物を借りに来た」





女でありながら男のような喋り方。
それがまた似合っておらぬゆえ、そして思い出したくない男を思い出させるゆえ癪に障る。
書物であれば実兄の居所にもあるだろうに。

だが……





「好きなだけ持ってゆくが良い」





せっかく海を渡って来たのだから手ぶらで返すわけにもいくまい。
それに先程、珍妙な土産も貰った。
此度の訪問はこの女一人だ……という情報である。





「毛利、たまには四国にも遊びに来てはどうだ?兄もそう言っておるぞ」

「無駄足は踏まぬ」

「それに、来れば私が美味い茶を点ててやるぞ」

「茶ならばここでも点てられよう」

「とか言いながら、毛利はいつもイヤがるではないか」





それは貴様の兄が共に付いてくるからだ。

しかし、今日は一人で来ている。
ならば人質ぐらいにはなるであろうと茶の湯に誘ってみる。
お付の者も全て下がらせ、室内には二人のみ。
茶を点てる独特の音と香り。
四国といえど、やはり名のある武家の姫である事はその作法や仕草で分かるというもの。





(ただ見ているだけとは、もどかしいものよ)





これがどういう感情かは知っている。
己にとってどのような効果をもたらすものなのかも。
だから決して外には出さず、ひたすらに内に秘めておかなければならない。
そして、そんな感情などなかったように捨て去らねばならない。
そうしなければ色々なものが無残に崩れ落ちてしまうからだ。





「結構な点前であった」





そう言うと、何故か女は驚いたように目を丸くしてみせる。
おおかた、我がそのように褒めるとは微塵も思っていなかったのであろう。
そのような顔が拝めるとは実に面白いものよ。

しかし、その後で息を飲む事となった。
丁寧に下げられた頭を上げる瞬間だ。
伏せたままの瞳を開くその動作があまりに良く似ていたのだ……
我が思い出したくないあの男に。





「…っ!」

「毛利?」

「……、何故だ」





何故、我を捕らえる。
何故、兄妹揃って我を縛る。
何故、我の心を易々と乱すのだ。





「毛利、体調が優れないのなら私は帰るが」

「黙れ」

「……ならば、何故そのような辛そうな顔をする」





手を伸ばせば届く。
我の思いを受け入れると分かっている。
それなのに、この血が、この心が、それを許さない。
触れてしまえば、もう戻れない。





「……誰が帰すと言った」

「毛利?」

「貴様はここに……、我の傍におれば良いのだ」





言い切ってから数秒。
ケラケラと笑い声が返って来た。
目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、「ではお言葉に甘えて」と我の手を取って茶室を出た。
しっかりと握られた手が思いのほか熱く感じるのは、我のせいか、それともこの女のせいか。





「私は厳島で足を海に浸しながら書物が読みたい」

「何をずれた事を」

「あそこからなら四国も見えよう。お主と見たいのだ。連れてゆけ、毛利!」

「ほう、我に命じるとは見上げた根性よ」

「兄様に似てしまったのだ」





それは哀れな事よ。

しかし、我と張り合う女でなければ、我の隣に立つ資格はない。
貴様には、我をこのようにした責任がある。
それを、身をもって償うが良い。





――あんた、俺の妹に惚れてんだろ?





貴様の言う事など未だかつて正しかった事などない。

だが、今回だけは譲ってやっても良かろう。
その代わり、貴様の妹を安芸に寄越すのだ、否は聞かぬ。

よいな?
長曾我部元親。





<END>→反省文

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ