小咄

□I 罠 be with you
1ページ/2ページ

中岡慎太郎、また縁側にいます。

「平和だねー」
「そうっスね……」

今日は武市さんが藩邸、龍馬さんと以蔵は酢屋へ出かけていった。
……因みに俺は、寝坊して話を聞かされてなかったんだけど。

「でも珍しいね、龍馬さんと以蔵が一緒に行動するなんて」
「多分お偉いさんが苦手だからっス。土佐藩邸に用がある時は、大体武市さんだけで行かれるんで」
「でも以蔵はいつも武市さんと一緒だから、龍馬さんとの組み合わせって不思議だね」
「龍馬さんは一人で放しておくといつもふらふらしちゃうんで、繋いでないとだめっスよ!」
「龍馬さん、犬みたい……」

今日は帰りが遅くなるから連れていけないって言われた時、姉さんは凄く寂しそうな顔をしていた。
でも、俺が行かないことを知ると、途端に姉さんは目を輝かせてほっとしているようだった。
そんな姉さんを見て、ちょっと嬉しかったりして……。

「ねえ慎ちゃん、しりとりしない?」
「しりとり……?」
「うん!例えば私が慎太郎って言ったら、慎ちゃんが兎って言うように、おしりの言葉から次の言葉を続けていく遊びなの」

姉さんの言うしりとりとは、未来の言葉遊びの一つらしい。

「結構難しそうっスね」
「最初は不安かもしれないけど、頭も使うし意外と楽しいんだよ」
「なるほど……やるっス!」

ということで、中岡慎太郎、初めてのしりとりに挑戦します!

「じゃあ始めは……寺田屋」
「や、や……やご!」
「ごーま」
「ま、まき!」
「凄い慎ちゃん、ちゃんと続いてるよ。んー、汽車じゃだめだしな……じゃあ記憶」

わざわざ俺が知らない言葉を外して選んでくれる姉さんは、とても気が利く優しい人。
皆が彼女に惹かれるのも分かる気がする……そういう自分だって、その中の一人だけど。

「くーま」
「ま、マムシ!」
「マムシって……姉さん、そこ選ぶんスね」
「仕方ないでしょ!だって最初に思い付いたのがそれだったんだもん……」

ちょっとからかっただけなのに、顔を真っ赤にしてそっぽを向く姉さんも、また可愛らしい。
そうかと思えば、真剣な眼差しでこっちを見つめてくる。
頻繁に変わる表情、見ていて飽きないな……なんて思ってたのに。

「慎ちゃん、私のこと好き?」

姉さんのその一言はまるで大砲のようで、驚きのあまり思わず固まってしまった。
同時に体の熱が急上昇して、今度は俺が目を反らすことに。

「……続き、聞かせて?」

答なんてずっと前から出てるのに、いざ本人を目の前にすると言葉がでてこない。
でも、いつまでもこのままだと、姉さんはどこに行ってしまうかもしれない……それだけは、嫌だ。

「き、嫌いじゃないっス……」
「うん」
「好き、です」

背中に回された手や腕の中から伝わる体温を感じて、ふと思った。
もしかしたら俺は、二人きりで留守番という時点で、姉さんの仕掛けた甘い罠に引っ掛かっていたのかもしれない、と……。


I 罠 be with you


(姉さん、卑怯っス……)
(え、何が?)
(何がって、その……しりとりの最中に、聞かなくても)
(だって、こうでもしないと慎ちゃん、いつまでも友達のままだって武市さんが)
(また武市さんっスか!?)
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ