リクエストSS 2
□休息日
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日当たりのいいテラスに据えられたテーブルの一角で、ディーノは満面の笑みを浮かべた。
「13回目」
すぐにテーブルの向かい側から冷ややかな声が飛んでくる。
「何だよ」
「席についてからあなたがニヤけた回数」
「ほっとけ」
ディーノはそう切り返すが、表情は勿論、声にも喜色が溢れているのを隠すことは出来ない。
何故なら、雲雀がここにいてくれるからだ。
「だって、こうしてゆっくりお前と朝メシ食えるなんて滅多にねーじゃん。喜ぶなって言う方が無理だろ」
「もう朝食の時間じゃない。どちらかと言えば昼の方が近いよ」
「俺は余計嬉しいぜ。朝までどころか昼近くまで一緒にいられるんだから」
ディーノは自他共に認めるワーカホリックだ。
大ファミリーのボスとして、また、所有している複数の表企業のトップとして仕事は多岐に渡り、日々多忙を極めている。
しかし、そんなディーノと同等かそれ以上に多忙な人間も勿論多数いる。
そのひとりが、目の前に座る10年来の恋人だ。
キャバッローネファミリーを含む多数の同盟ファミリーを傘下に置き、イタリアのみならず全世界のマフィア組織の頂点に君臨するボンゴレファミリー。
その幹部のひとりである雲雀はボンゴレの仕事、自身が立ち上げた財団の仕事等で洋の東西を問わず嬉々として飛び回っている。
その仕事量、移動量は時にディーノを遥かに凌ぎ、多忙を理由にすげなくあしらわれることも多かった。
夜を共にしても朝には姿がない、というのはもはや日常茶飯事で、ひどい時には、興味を引く仕事の連絡が入ると行為中であってもさっさと切り上げて出て行ってしまうのだ。
そんな雲雀だから、一緒に朝を迎えるどころかこうして昼近くまでいてくれるのは奇跡に近い。
これが僥倖というものかと、日本人以上に日本語に堪能なディーノは幸せを噛み締めている。
それが満面の笑顔となって発現してしまってもおかしいことなど何もない。
「ほらまたニヤけた。いい歳してみっともない」
一方で、ディーノと違い雲雀は昔から感情をあまり顔に出さない。大抵は不機嫌そうな顔か無表情だ。
今は後者で淡々とカップを口元に運んでいる。
明るい陽の光の中、凛とした佇まいを見ていると、乱れ喘いだ昨夜の房事が嘘のようだ。
だから尚更、見え隠れする行為の痕が目の毒だった。
「ヘラヘラしたり黙り込んで赤くなったり、忙しい人だね」
「悪かったな」
「ああ、昨夜のセックスでも思い出してた?」
「な……!」
言い当てられたことへの狼狽よりも、さらりと言ってのけた雲雀の表情に心臓が高鳴った。
僅かに伏せた睫毛の下、漆黒の瞳がディーノを流し見た。
無感情な先程までとは異なり、今はそこに妖艶な色が滲んでいる。
ディーノの下で淫らに身体を開き、ディーノを煽って狂わせた昨夜と同じ、深く黒い色だった。
瞬時に昨夜の記憶が蘇る。目元と頬と耳朶に熱が生まれた。
途端、雲雀の顔からは妖艶さが消えて、その口元が柔らかく綻んだ。
「真っ赤だよ。子供みたいだ。可愛いな」
「うっせ」
「あなたならこの程度の会話、どうってことないだろ」
「相手がお前じゃなきゃな」
誤魔化すようにディーノはグラスを煽った。冷えたスプマンテが喉を刺激して滑り落ちていく。
「変わらないね」
「何がだよ」
「昔から年上ぶって偉そうな態度を取るくせに、時々僕より子供っぽいんだ」
反論出来ずにディーノは低く呻く。昔云々はさておき、今の反応は確かに子供じみていた。
けれど雲雀はそれを揶揄することなく柔らかな笑みを浮かべたままだ。
「そういうところがね、すごく好きだよ」
「……は?」
思わずディーノは耳を疑った。
悲しいかな、この10年、雲雀の口から好意の言葉を聞かされたのは数える程しかないのだ。
「あなたが好きだよ」
「きょ……」
感極まって、思わずディーノは雲雀に手を伸ばした。その時雲雀の胸元で、着信を告げる軽やかな電子音が鳴った。
伸ばされたディーノの手をかわし、雲雀は電話に出た。通話の間中雲雀の口端は機嫌よさそうに上がったままだったから、恐らく彼にとっていい話なのだろう。
「じゃあ僕はそろそろ失礼するよ」
まだ料理も飲み物も残っている。にも関わらず雲雀は席を立ち、上着を手にテラスを出た。
「相変わらず忙しねーな。仕事か?」
「うん。狙っていたカジノの権利が正式に風紀財団のものになった」
「随分景気のいいことで。よっぽど周到に根回ししたんだな」
「そうでもないよ。色仕掛けで一発だった」
「……は!?」
「事の最中に強請ったらその場で『Si』と言ってくれてね。録音したその音声データを相手ファミリー幹部に転送して声紋を取った上で幹部代筆の譲渡サインをもらった。それがさっき正式に受理されたそうだよ」
「色仕掛けって!事の最中って!お前!」
「ちなみにこれがそうだけど」
雲雀はそう言うと胸元から小さなICレコーダーを取り出して再生した。
甘い睦言の間にそれらしきやり取りが聞き取れる。
甘い雲雀の声。そして、それより甘い男の声は、
「俺じゃねーか!知らねーぞ!何だこれ!」
「昨夜の会話だよ。覚えてないの」
「知らねえ!言った覚えなんか……」
ない、と言い切る前に、ディーノは何か引っかかるものを覚えて言葉を飲んだ。
久しぶりの行為だったからか、雲雀は最初から積極的だった。
滅多に聞かせてくれない愛の言葉を散りばめて、また、扇情的に身体を動かして甘く妖しくディーノを乱した。
雲雀は甘く鳴きながら何度もディーノを求めた。普段は冷淡な恋人の甘く淫らなお強請りにディーノは理性を飛ばし、確か、強請られるその全ての願望を叶えたのではなかったか。