Novels 1

□未来・過去・今
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未来から戻って来た雲雀達を迎えたのは、何一つ変わる事のない日常。
未来へと飛ばされる前の時間軸に戻された為、雲雀達の不在はなかった事になっている。
町並みも、学校も、応接室も何一つ変わらずに雲雀を迎えた。

「恭弥!!」

ノックもなしに応接室に駆け込んでは、足を滑らせて転ぶうるさい自称家庭教師の登場すら変わらない。

「廊下は走るな、ドアを開ける時はノックしろっていつも言ってる」

「あ、あぁ悪い。や、それより」

「何」

「えと、なんつーか、その」

「ハッキリ言いなよイライラする」

「あ、うん」

いつも朗らかで闊達な彼とは思えぬ程にディーノは口ごもり、落ち着きなく視線をあちこち彷徨わせている。

「そもそも何しにきたの。手合わせなら歓迎だけど」

「ああ、うん、それもする。するけど、ちょっとその前に大事な話があって」

「だから何なの。僕は暇じゃない。言いたい事があるならさっさと終わらせて」

雲雀は殊更そっけなく言い捨てて、手にした仕事用の書類にわざと視線を落とす。

未来での最後の夜、ディーノの腕の中で感じた切ない感情を雲雀はまだ忘れていない。
胸の真ん中が締め付けられるように痛くて苦しい。
望んだものが与えられず、欲しいと願った人から拒まれた。もうあんな痛くて苦しい思いなんて、したくない。
彼はあんな事を言ったけど、この時代のディーノが自分を何とも思っていないのは知っている。
自分から思いを告げて、ただの師弟としての関係すら不安定になってしまうのが怖い。
自分の気持ちが、言葉が、拒まれてしまうのが怖い。
ディーノに二度も拒まれたくなんて、ない。
それ以前に、どうやって思いを告げていいのかも分からない。

だから雲雀はそんな素振りは一切見せず、いつも通りに振舞う。
けれどいつも通りじゃないのは、どちらかと言えばディーノの方だった。

「未来、の、記憶が」

「……え?」

ディーノの口から零れた予想もしなかった言葉に、雲雀の胸の内は防御が間に合わない。

「よく分かんねーけど、十年後の未来での出来事が、突然頭に植え付けられたっつーか。お前達の戦いとか、それ見てる俺とか」

別れ際、赤ん坊達がそんなような事を言っていた気がする。と言うか、何が起きてもおかしくはない。
けれど、この時代のディーノが未来のディーノの記憶を共有していると言う事は。

「……どの辺から知ってるの」

「始まりはぼんやりしてて分かんねぇ。イタリアでミルフィオーレと戦って、日本でお前の修行に付き合って、その後一緒に戦って……」

言いにくいのか、ディーノの言葉はどんどん歯切れの悪いものになっていく。だが雲雀にとっては、そんな事どうでもよかった。
未来のディーノと交わしたやりとりを、目の前のディーノは知っている。
自分の気持ちを、今のディーノは知ってしまっている。

「その……ごめん、俺」

「なにが」

目を逸らせば負けだと思っているし、どんな相手だろうが逃げたりなんて一度だってした事はない。
それなのに、今は目の前のディーノを見る事が出来ない。
逃げ出したくて堪らない。
怯えにも似た感情に捕らわれた雲雀の意識は、次の瞬間広く温かな空気に包まれていた。

「気付かなくて……ごめん」

そこはディーノの腕の中。
広い胸も、力強い腕も、鼻腔を擽る香りも、未来の彼と何一つ変わらない。

「記憶のお前、めちゃくちゃ辛そうな顔してた……あんな顔させて、あいつ許さねぇって思った。恭弥が自分を好きなの知ってるくせに応えてやんねーし、中途半端に優しくして放り出しやがって……でも、あいつは俺なんだよな……だから、ごめん」

「別に、どうとも思わない……」

「俺も、お前が好きだ」

必死に気丈に振舞う雲雀だったが、思っても見なかった告白に今度こそ固まった。
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