Novels 1
□繋いだ手の温もりと
3ページ/3ページ
「お前、どこにいたんだよ」
やがて落ち着いたディーノが恭弥に問い質すと、恭弥は不思議そうにディーノを見上げて答えた。
「僕、ずっとディーノの後ろにいた」
「え?いなかったぞ。だから俺、あちこち探したんじゃねぇか」
「いたもん。勝手にいなくなったのは、ディーノだもん」
聞けば恭弥は、射的に夢中になるディーノから少しだけ離れた場所で兄を眺めていたらしい。
けれど、小柄な子供の身体は大人からのほんの少しの接触でもあちこちに追いやられてしまう。気付けば恭弥とディーノの間には大勢の人間が入り込み、二人は分断されてしまっていた。
それでも恭弥からはディーノが見えていたから、何の不安もなかった。だから、金色の頭がやがて左右にせわしなく動き、自分から離れてしまって恭弥は驚いた。
自分がディーノの存在を認識していたように、ディーノもちゃんと自分の居場所を分かっているものだと思っていたのだ。
声を出しても喧騒に掻き消されてしまって届かない。
追いかけようにも、周りの人たちが邪魔で動けない。
恭弥はディーノを追いかけるのをやめ、人にぶつからない場所で待つ事に決めた。
兄は自分を放り出したりしない。
ちょっとどこかに行ってしまっただけだ。
きっとすぐに戻って来てくれる。
そう信じて。
そしてそれは、ちゃんと現実になった。
「……ごめん」
一通り恭弥の話を聞いたディーノは、再び項垂れる。
見知らぬ場所に一人取り残されて、全く不安じゃなかった筈は無いだろう。
遠ざかる自分の背中を、恭弥はどんな思いで見つめていたのだろうか。
しかも自分は自力で恭弥を見つける事も出来なかった。
恭弥の面倒はちゃんと見る。
自分が守ってみせる。
危険な目にも遭わせない。
そう両親に大見得を切ったのに、結局はこのざまだ。
自分を信頼して恭弥を任せてくれた両親にも、会わす顔が無い。
落ち込むディーノのシャツの裾を、抱き締められたままの恭弥が引っ張った。
「ぬいぐるみは?」
「……ごめん……取れなかった」
「そう」
不安にさせた上、恭弥の望みも叶えてやれなかった。情けない事この上ない。
嫌いだと、そう言われてしまっても仕方が無い。
笑顔など、もう見せてくれないかもしれない。
「じゃあ、あれが欲しい」
今日何度目になるのか最早分からない自己嫌悪に沈むディーノに恭弥が強請ったものは、あまり人のいない屋台に飾られた林檎飴。
「きらきらしてて、綺麗。あれが欲しい」
小振りな林檎に飴を絡めただけの菓子。このくらいなら今のディーノの所持金でも買える。
幾分不安そうにディーノが恭弥に強請られるまま買い与えると、恭弥は嬉しそうに笑って受け取った。
その笑顔は、ディーノが見たくて堪らなかった、心からの笑顔だった。
「ぬいぐるみの代わりがこんなんで、ごめんな」
「僕、ディーノがくれるものなら、何でも嬉しいよ」
口の周りをベタベタにして、恭弥はディーノを見上げる。
恭弥は絶対に嘘をつかない。
口数は多くなくとも、真っ黒な瞳は雄弁で、いつもディーノは恭弥と向かい合うと引き込まれそうな感覚に陥る。
今もそうだった。
自分が恭弥を大好きなのと同じように、恭弥も自分を好きでいてくれる。
それはきっと、自惚れでも何でもない。
自分だって、恭弥がくれるものなら、例えそれが道端に落ちていた石ころだとしても、嬉しいに違いない。
どんな宝石よりも価値あるものだと思うに違いない。
恭弥にとってディーノから贈られるものも、そうなのかもしれない。
さっきまでの沈んでいた気持ちが、次第に浮上してくるのをディーノは感じた。
恭弥が見せてくれた笑顔一つでこんなに幸せになれるなんて、自分もつくづく単純だと思うけど、それが事実なのだから仕方ない。
ディーノは恭弥に笑顔を向けた。
すると、ディーノに向ける恭弥の笑顔も、より明るくなった気がした。
だからディーノの心はどんどん温かくなっていく。
「これ、全部は食べられないから、半分あげる」
小振りとは言え、五歳の恭弥に林檎一つは食べきれない。
ディーノは差し出された林檎飴を、一口で半分食べてやった。
「半分こ、な」
「うん。半分こ」
再び口の周りをベタベタにしながら、残った林檎飴の攻略に取り掛かる恭弥の片手を、ディーノはしっかりと握ってやる。
握り返してくれる小さな手に、胸が熱くなる。
汚れた服も、ズキズキと痛む膝の擦り傷も、それを見た両親に怒られるかもしれないと言う事も、どれ一つとっても大した事ではないような気がした。
小さな弟以外、大事な事なんて無い。
(もう絶対離さねぇ)
二人は手を繋いだまま、家路についた。
2011.06.26 DHPL無配