Novels 1

□繋いだ手の温もりと
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「恭弥?」

辺りを見回してみても、弟の姿はどこにもない。

「恭弥!」

大声を出してみても、返事は返って来ない。
辺りには、自分より背の高い大人たちが足早に行きかっているだけだった。

(迷子?)

神社に来た時から、恭弥はもの珍しそうにきょろきょろ周りを伺っていた。この射的屋だけでなく、境内には恭弥の興味を惹き付ける屋台や催し物があちこちにある。
もしかしたら、自分が恭弥に構ってあげなかったからつまらなくなってしまい、フラフラとどこかに行ってしまったのかもしれない。

(探さなきゃ)

ディーノは脱兎の如く駆け出し、各露店の前、テーブルの置かれた広場、境内の裏、とにかく思いつく全ての場所を、正に虱潰しの様に探して回った。当然、行きかう大人を捕まえては恭弥の特徴を告げ、見かけなかったかも聞いた。
だが色よい答えはもらえず、恭弥の姿を見つける事も出来なかった。

(どうしよう)

まだ五歳の恭弥は、この辺りの地理に強くは無い。だから恭弥が迷子にならないように、しっかりと手を繋いでいたのに。

(俺のせいだ)

自分から手を離してしまった。
いくら恭弥の為だったとは言え、射的になんて、夢中にならなければよかった。
ちゃんと後を気にして、恭弥の姿を確かめていればよかった。

いくら数十分前の自分を責めてみても、今となってはもう遅い。
自分に小さな弟を託してくれた両親の信頼も、自分について歩く弟の信頼も、全部自分で失くしてしまった。

「う……」

その事が悲しくて、自分が迷子になった訳でもないのに、ディーノの瞳からは大粒の涙が湧き上がる。
このまま恭弥が見つからなかったら。
自分のそばからいなくなってしまったら。
拗ねた不機嫌な顔も、宝物の様な小さな笑顔も、見られなくなってしまう。

(そんなの嫌だ)

ディーノはぐいと手の甲で涙を拭うと、勢いよく頭を上げた。

(ぜってー見つけ出す。二人で一緒に家に帰るんだ)

テレビで紹介されるような大きな神社などではなく、住宅街の一角にあるこじんまりとした神社だ。
走り回って、這いつくばって、声が枯れるまで名前を呼べば、きっと見つかる。見つけてみせる。
そう決心して、再びディーノは歩き出した。

そこに、突然空から一羽の小鳥が飛んでくるのが見えた。
ボールの様に丸い身体をした黄色い鳥。恭弥が欲しがったぬいぐるみと、何処となく似通ったところのある鳥。
その鳥がたまに庭に入り込み、恭弥と遊んでいるのをディーノは見た事があった。
小鳥は小さく鳴いてディーノの頭の上で暫く旋回した後、再び飛び立った。

「もしかして……お前、恭弥の居場所知ってんのか?」

ディーノは一目散に走り出した。
小さな黄色い姿を見失わないように、上ばかり見ていたせいで何度も躓いては転んだ。
すりむいた膝からは流血し、服はすっかり汚れてしまい、こんな有様で帰宅したらきっと両親に叱られると思わないでもなかったが、それでも決して鳥から目を離す事はしなかった。

やがて辿り着いたのは、もといた射的の露天の近く。
ずらりと並ぶ露天の一つ。鳥はその裏手へと飛んで行く。
後に続いたディーノは、そこにしゃがみ込んだ恭弥の姿を見つけた。

「恭弥!」

その声が聞こえたか、恭弥は弾かれたように顔を上げた。

「恭弥!恭弥!」

勢い余ってつんのめり、膝を地面に強く打ち付け傷口に一層痛みが走ったが、今のディーノはそんな事に構っていられない。

「ごめん。恭弥、ごめん」

ぎゅうぎゅうと小さな身体を抱き締める。
温かな恭弥の体温が、頬を擽るさらさらとした黒髪の感触が、いつもの恭弥の匂いが、ディーノの胸を締め付ける。

「心細かったろ。ごめんな」

それでも、恭弥の無事な姿を見て安心したのか、ディーノは鼻を啜りながら、ずっと恭弥を抱き締めていた。
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