Novels 2
□トライアングル
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「あのクソ兄貴……ただじゃおかねえ……」
恭弥を肩に担いで自室に戻ったディーノは、恭弥ごとベッドに転がると頭を抱えて蹲った。
恭弥からは丸められた背中しか見えないが、どんな表情をしているかは何となく想像がつく。
「いいな恭弥。命令だ。さっき見た事は全部忘れろ」
「それは写真の事。それともキスの事」
「どっちもだ!つか気色悪い事蒸し返すんじゃねえ!」
「そこまで言わなくてもいいのに」
「うっせ。どうせお前ら二人、ガキの頃の写真見て笑ってたんだろーが」
「そんな事してない」
恭弥の脳裏には、弟の写真を大事そうに見つめるディーノの表情が焼き付いている。
弟を愛していると告げた時の表情も。
生まれた時から共にいる弟が、そんな兄の気持ちを知らない筈がない。
恭弥はよじよじとディーノの背中によじ登り、前進し、そして彼の胸側にぽとりと落下し顔を上げた。
思った通りディーノは怒ったような、困ったような、照れたような、要するに非常に複雑な顔をしていた。
「あの人の事、嫌い?」
恭弥の問い掛けに、ディーノの顔が更に複雑さを増した。
「嫌いな訳ねーじゃん……」
長い長い沈黙の後、ぽつりと返された言葉がそれだった。
「けどあのヤロー、いつまでも人の事子供扱いしやがって……俺だってもう成人した大人の男なんだから、たまには頼ったり泣き言言ったりしろってんだ……それをいつもいつもからかったり上から目線だったり……」
延々と続く不平不満その他呪詛じみた文句は、特に恭弥に言い聞かせている訳ではなく、独り言なのだろう。
ディーノは両腕で顔を隠してしまったが、赤らんだ耳朶を見るに、その胸の内は手に取るように分かる。
それはきっと恭弥が常に胸に抱いている、飼い主達への気持ちと同じだ。
いつまでも子供のままでいたくない。早く大人になって肩を並べ、対等になりたい。
自分よりずっと年長の飼い主が、ひどく身近に思える。
人間もペットも、思う気持ちは変わらないのだと嬉しくなる一方で、ペットの自分にはどうしても入り込めない兄弟の領域を寂しく思う。
大好きな飼い主それぞれに対して生まれた小さな嫉妬。
互いを思い合い、強い絆で結ばれている事を喜ぶ気持ちは本心からのものだけに、その感情は複雑だ。
だから恭弥は、次は自分の番とばかりにディーノに抱きついた。
「ねえ。キスして」
「あ?何だよ突然」
「だってずるいよ、あなた達ばっかり」
「やめろ!思い出させるな!」
一旦は落ち着いたみたいだったのに、ディーノは再び半狂乱で意味の分からない事を叫び出す。
余程、先の一件については触れられたくないらしい。
「頼むからおかしな想像すんじゃねえぞ。あいつとはそういうんじゃないからな」
「そういうって、何」
「言わせんな!くっそあいつ、暫くメシの量減らしてやる!」
メシ抜き、と言わないあたりがディーノらしい。
強請ったキスは貰えなかったけれど、ぎゅうぎゅう強く抱き締められて沢山与えられた大好きな匂いと温もりがそれを上回ったから、恭弥はご機嫌に喉を鳴らす。
後でもうひとりの飼い主の所にも行って、同じように甘えよう。
彼もきっと沢山の嬉しさをくれるに違いない。
そうやってバランスを取り、時に崩し、形を変えながらも、根は変わらぬ気持ちを抱き続ける。
そんな風に、三人一緒にこれからも過ごすのだ。
今より少しだけ先の未来を想像したら、恭弥の喉が軽やかにくるると鳴った。
2014.05.10