Novels 2

□トライアングル
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手渡されたアルバムの一冊を、恭弥はドキドキと胸を高鳴らせてそっと開いた。
そこには、今部屋で悶絶しているへなちょこな飼い主にそっくりな青年と、顔に幾つも絆創膏を貼った、自分と同年代と思われる少年が写っていた。

「十年くらい前の写真だな。こっちが俺。いまのあいつとそっくりだろ」

「うん……じゃあこの子が昔のあの人?」

「そ。昔っからそそっかしくてよくすっ転んでたから、いつもどっかしら怪我してたな」

ディーノは懐かしそうに目を細め、写真の中で笑う弟の顔を指でなぞる。
その仕草がひどく優しくて、温かい。
アルバムを捲る度に、恭弥の手元で時間が巻き戻される。
金色の髪を揺らし元気いっぱいに笑う少年の容貌が、少しずつ幼くなっていく。
過去へと移り行く肖像を引き込まれるように見つめていた恭弥が、最後のページを捲った。

「わ……」

一番最後に収められた写真に写っていたのは、幼い金髪の少年と、彼の腕の中で健やかに眠る金髪の赤子。
そのどちらもが、まるで天使のようだと思った。

「こんなにちっこかったんだな。今じゃ俺と同じぐらいデカくなって、可愛げなんかこれっぽっちもねーのに」

写真を見つめるディーノは、小さな弟を抱く写真の中の少年と全く同じ表情をしている。
幸福に彩られ、慈愛に満ちたこんな顔、初めて見た。
思わず見惚れ、胸の高鳴りに我に返った恭弥は、そんな自分を誤魔化すようにアルバムに視線を落とした。

このアルバムには、切り取られた飼い主達の幸せな時間が、余すところなく収められている。
今とは違う幼い容貌。でもどこかしら面影が残る明るい笑顔。
恭弥にとってこれらの写真は、喉から手が出る程欲しいと言っても過言ではないものだ。
けれど恭弥は全てのアルバムを丁寧にまとめ、ディーノへ返した。

「欲しいのあればやるぞ。どれか持ってくか?」

「ううん」

欲しいと言えば一枚くらいは貰えるだろうけれど、これらの写真はディーノの宝物だ。
あんな、愛しくて仕方がないと言わんばかりの笑みを浮かべて写真を見つめるディーノから、一枚だって奪えない。
恭弥は丁重に断りを告げ、その代わり、ひとつの質問を投げかけた。

「あの人の事、好き?」

仲のいい兄弟なのは見ていて分かる。互いに信頼し合っている事も。
でも彼らの口から、相手をどう思っているかは聞いた事がなかった。
わくわくと固唾を呑んで見上げる恭弥の前で、ディーノの顔に花のような微笑が広がった。

「お前とは全く違う意味で、世界中の誰よりも愛してるよ」

その時のディーノの表情を、恭弥はきっと一生忘れないだろうと思った。
それくらい彼の笑顔は優しく綺麗で、泣きたくなるくらい温かかったから。

「お前達二人が俺の宝物だ」

優しい温もりを灯したままの唇が、恭弥の頬に落とされる。
愛しさと気持ちよさにうっとり身を委ねていたら、突然、と言うか、ようやく、と言うか、派手な音を立ててドアが蹴り開けられた。

「てめー!昔の写真なんか取っておいてんじゃねえよ!さっさと捨てろ!燃やせ!じゃなきゃよこせ!」

何度も転倒したのか、顔に沢山の傷を作ったディーノが物凄い形相でアルバムに手を伸ばすも、それは呆気なく兄に阻まれ、前のめりに倒れ込む。

「馬鹿言え、可愛い弟の成長記録を手放す訳ねーだろ。これは墓場まで持って行くって決めてんだ。ほーら恭弥、三歳のこいつがおねしょしてギャン泣きしてる時の写真だぞー。なっさけねー顔してやがんなー」

「ざっけんな!何でそんなもんまで持ってんだ!捨てろ!今すぐ捨てろ!」

「ディーノ、そういう言い方はよくないよ」

「お前は何でそいつの肩持ってんだよ。さては懐柔されたか。ハンバーグの約束か。新しいトンファーか」

「あなた僕の事馬鹿にしてるだろ」

「ったく、昔はこんなに可愛かったのになー。知ってるか恭弥、こいつチビの頃はいっつも俺の後ろ着いて歩いて、ちょっとでも俺の姿が見えないと泣いて探し回ってなあ」

「いつの話してんだ!」

「挨拶代わりのハグやキスも毎日してたじゃねえか」

「俺が小学校に上がる時にやめただろ!今更黒歴史を蒸し返すな!」

「ほー」

ディーノは含みのある顔で指を立て、ちょいちょいと弟を呼びつけた。
そして胡散臭げに近寄った弟の胸倉を掴み、引き寄せる。

「にゃあっ!?」

上擦った猫の鳴き声みたいな声は恭弥の悲鳴だ。
だってびっくりした、どころの騒ぎじゃない。一体誰が予想出来ただろうか。

飼い主兄弟同士のキスシーンなど。

「何しやがるてめえええ!」

「お兄ちゃんとの思い出を黒歴史呼ばわりするような子に育てた覚えはねーぞ」

「ふっざけんな変態が!」

物凄い勢いで唇を拭うディーノは、涙目で真っ赤になった顔を怒りに歪ませ兄の頭頂部を殴打し、それでも足りないとばかりに鳩尾に蹴りを入れる。

「来い恭弥!これ以上ここにいたら変態が移る!」

そして呆然と座り込む恭弥を拾い上げ、痛みに悶絶し蹲る兄にとどめを刺してから、足音も高らかに部屋を出て行った。
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