Novels 2
□雛
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どれだけ時間が経ったか分からなくなった頃、バタバタと廊下を走る音が聞こえたと思ったら、大きな音を立てて部屋のドアが開けられた。
「ほら」
びっくりして思わず顔を上げたきょうやに突き付けられたのは、よくある白いポリ袋。
「言っとくけど、貰い物程高級じゃねーぞ。小遣いの残り少なくて一番安いのしか買えなかったんだからな」
おずおず受け取った袋の中からは、ディーノの言う通り小さくて安っぽいパッケージに入った雛あられと、こちらも小さいピンク色の桜餅。
「ぜってーそっちのが高くて美味そうなのに」
ディーノはブツブツ文句を言いながらも、袋から取り出した雛あられの半分をきょうやの掌に乗せた。
そして残りの半分は、ダイレクトに自分の口へ。
「食いたかったんじゃないのかよ」
「食べる」
慌ててきょうやは淡いピンク色の粒を摘んで口に入れた。
甘いけど美味しいのかどうか分からない。あまりにもそれは小さすぎて、すぐ口の中で消えてしまったから。
それでも
「美味しい」
と伝えると、ディーノは困った顔できょうやを膝の上に乗せた。
「女子達、美味しいって評判の店でこれ買って交換してたんだ。だから俺が貰ったのも、そんな安っぽい駄菓子レベルのより何倍も美味い筈だぞ」
「いらない。僕はこっちがいい」
残り少ないお小遣いで自分の為に買ってくれた雛あられ。自分にとってはどんな高価なお菓子より価値がある。
怒っていたのに、それでも我が儘を聞いてくれた。
嫌われていないのだと安心したら、一旦はおさまった涙がぶり返した。
「うわ!どした!?」
ディーノは慌てたようだったけど、泣き続けるきょうやがじっとシャツの裾を握り締めていたら、何も言わずに抱き締めてくれた。
顔を埋めた胸も抱き締める腕も暖かくて、何故かもっと泣きたくなったけど、男の子はそう簡単に泣いてはいけないと両親に言われたのを思い出し、きょうやはぐっと堪えた。
きょうやが落ち着いたのが分かったのか、ディーノはよしよしと頭を撫でてからきょうやを膝から下ろし、女の子から貰った包みを開けた。
食べて欲しくないときょうやは思ったが、ここまでしてもらっておいてこれ以上我が儘を言える筈もない。
諦めて我慢しようと思っていたら、ディーノはそれを持って窓を開けた。
「ほら、お前らにもおやつやるよ」
外で遊んでいた黄色い小鳥と紫色のハリネズミが、見せられた綺麗な雛あられに飛びついた。
よほど美味しかったのか、一羽と一匹はピーピーキューキューと嬉しげな声を上げてそれを見る間に食べ尽くし、満足げに毛づくろいを始めた。
「食い物、それも人から貰ったもの捨てる訳にいかねーもんな」
ニッと笑ったディーノはすっかりいつもの顔に戻っている。怒っても困ってもいない、きょうやが大好きな顔だった。
きょうやの気持ちも、そして恐らくは女の子の気持ちも大切にしてくれたのだろう。少しだけまた胸の奥がモヤモヤしたけど、でもそれよりも嬉しい気持ちの方が大きかった。
大好きな人に感謝の気持ちを伝えるにはどうすればいいか。
母親に教えられたその方法を、きょうやは深く考えずに実践した。
再びディーノの膝に乗り上げて唇同士をちょこんとくっつけると、途端、ディーノがぴしりと固まった。
「な……な……きょうや!おま、なに、何してんだ!」
「ありがとうのちゅーだよ。ママがパパにしてた」
「だから!あいつらの真似しちゃ駄目って言ってるだろ!」
「他の人にはしないよ。それでも駄目なの?」
「う……」
「ディーノにしちゃ駄目なの?」
「……親父達にもしないで、俺にだけならいい」
真っ赤になったディーノに唸るみたいにそう言われ、正直きょうやは返答に困った。
大好きな両親から贈られるキスは大好きだ。両親へ贈るキスも。
キスが出来なくなるのは寂しいが、ディーノがそれを望むなら。
「分かった」
「本当か?」
「その分沢山ディーノにちゅー出来るなら、いい」
「そ、そっか。よし。んじゃ、今日からもうあいつらとしちゃ駄目だからな。あ、ほらきょうや、桜餅残ってんぞ。これも半分こして食おうな」
大慌ての早口でそう言うと、ディーノは小さな桜餅を二つに割ってきょうやに押し付けた。
残りを丸飲みする勢いで口に放り込むディーノを見上げながら、きょうやもむぐむぐと口を動かす。
ふと、ディーノの唇にあんこが付着しているのを見つけた。
身体を伸ばしてそれを舌で舐め取ると、今食べているものより甘くて美味しい気がした。
同じ物を分けたのに不思議な事だと思ったが、大好きなディーノと仲良く美味しいおやつを食べられるのは嬉しい。
こんな風に嬉しい気持ちになれるのなら、女の子のお祭りでも気にしない。
再び固まり、顔から火が出そうな程真っ赤になったディーノの膝上に乗ったまま、きょうやは甘くて美味しい時間を過ごしたのだった。
2014.03.05