Novels 2

□星に願いを
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色とりどりの色紙を切って七夕飾りを作るのは、子供達にとって楽しい作業だった。
もちろん、メインの短冊作りも同様だ。
願い事は必ずしもひとつでなくてもいいとの事だったから、ハサミと色紙を持つきょうやとディーノの手は止まらない。
細長く切った短冊を両親に渡し、好きな色の短冊に願い事を書いてもらう。そんな楽しい流れ作業が不自然に停止したのは、作業も終盤に入った頃だった。

「ちょっとこっちに来なよ」

「いていて!何すんだてめ!」

「何するはこっちのセリフだよ。子供達と一緒に飾る短冊に、あなた何て事書いてるの」

「俺の素直な願い事に決まってんじゃねーか。一度でいいからお前にこう言う事してもらいたくて」

「子供達がその短冊見たらどうするの」

「まだプレイの意味なんて分かんねーよ。聞かれたら適当にお茶濁しときゃいいんだし」

「それが父親のセリフなの」

部屋の隅に移動してこそこそ話し込む両親の会話が漏れ聞こえるも、二人の子供にはその意味が分からない。
それでも子供心に、何となく夫婦間の雲行きが怪しい事だけは感じ取れた。

「喧嘩かな」

「んー、でもいつもと同じですぐ終わりそうだけどな」

基本的にはこれ以上ない程仲のいい両親だ。
言い合いや喧嘩も日常茶飯事だけど、怒る母親を上手い事宥め落ち着かせて揉め事を収束に持って行く父の手腕には、子供達も一目置いている。
案の定、険悪だった母親の表情は幾分穏やかなものになってきた。
口端が上がっているから笑っているのかもしれない。

「なー恭弥。一回でいいからさ」

「そんな願い事、織姫からしたらセクハラもいい所じゃないか。だいたい夫婦間の行為を七夕の願い事にすること自体気に入らない。決定権は僕にあるのに、どうして他の誰かに頼もうとするの。頼むなら直接僕に言いなよ」

「頼んだらしてくれんのか」

「金額によるね」

「ちょっと待て!どこの世界に夫婦の営みに金銭が発生する家があるんだ!」

「よそはよそ。うちはうち。いつもそう言ってるだろ。だいたい今時本番可の風俗店だってそんなマニアックなプレイは有料オプションだ」

「風俗と一緒にすんな!てか、何でそんな事知ってんだお前!」

「大きな声出さないで。子供達に聞こえたらどうするの」

「くっそ……幾らだ」

「出すの」

「金額による」

「そんなにしたいの。情けない」

「るせ」

時々父親の声が響くもののすぐに潜められ、結果として両親が一体何の話をしているか、きょうやとディーノには全く分からない。
でも、顔を近づける内緒話は仲良し同士がする事だから、きっと心配はいらないのだろう。
きょうやとディーノは顔を見合わせ、おもむろに自分達の短冊を書き始めた。
他愛のない願い事を量産して、やがて互いに短冊の残りが一枚になる。

「これが最後のお願い事。一番大事なお願い事は一番最後に書くといいって、ママが言ってた」

「うん。だから俺もそうした。せーので見せっこしようぜ」

「いいよ」

「んじゃいくぞ。せーの」

小さな手で床に広げた二枚の短冊。
そこには奇しくも同じ文字が書かれていた。

「二枚も飾ればぜってー叶うぜ」

「パパとママもきっと書いてるから四枚だよ」

「だな」

二人は小さく笑いあって、大事そうに短冊を手に包んだ。
小さな短冊に書かれた小さな文字。それはささやかな願い事。

『家族みんながずっと仲良しでいられますように』





2013.07.06
 

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