Novels 2
□I LOVE CAT
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目が覚めた時、恭弥は何となく違和感を覚えた。
それは感覚的なもの。
(ああ、戻ったのか)
開けた目に映ったのは、幼い子供のものではなく見慣れた自分の手だった。
「起きたか?」
「おはよう」
声のする方に顔を向けると、優しく見下ろす二対の蜂蜜色。
「さっき戻ったんだ。どっか痛いところはないか?」
「大丈夫。全然気付かなかった」
「ポンって小さな破裂音して白煙が充満してさ。それが消えたら元のお前に戻ってた。ホントに一瞬だったぜ」
代わる代わる抱き締められて目覚めのキスを受け、眠りの靄が掛かっていた恭弥の思考もクリアになった。
「リボーンにはちゃんと礼言っとかないとな。昔のお前が見られて嬉しかったよ」
「すげー可愛かったもんな。ちゃんと写真撮っておいたんだぜー」
見せられた画面の中では幼い自分が眠っていた。
ディーノ達に全てを委ねて、安心しきった寝顔だった。
「そんなに昔の僕の方がいいの」
二人があまりにも昔の姿を誉めそやすものだから、嫌でもそんな風に思ってしまう。
「ばっか、ちげーよ。そういう意味じゃないって」
「本当なら見る事が出来ない姿見られて嬉しいだけだよ。子供の自分にヤキモチか?可愛いな」
拗ねた自分の機嫌を取るべく奮闘する飼い主達を見て、ようやく恭弥の気持ちも落ち着いた。
何だかんだ言っても、二人に構ってもらえればすぐに機嫌は直るのだ。
そうしたら、自分を可愛がってくれる飼い主達にもっと喜んで欲しくなった。
「未来の姿も見たい?」
「アフター弾か?あっちは身体に負担が掛かるんだろ?」
「うん。だから店はめったな事じゃ使わない。でも、ペットの意思なら無条件に使ってくれるよ。見たいなら、赤ん坊に頼んで撃ってもらう」
十年後の姿を見せてディーノ達を喜ばせたかった。
それに、万が一彼らの想像からかけ離れた容貌になるのだとしたら、彼らの受ける失望は早い方がいい。
「だめ」
なのにディーノ達はその申し出を優しく却下した。
「お前の身体に負担掛ける訳にはいかないだろ。だからだめ」
「だいたいそんなの、ズルして答えだけ見るみたいだ。過程がないんじゃ意味ねえよ」
「毎日一緒に成長して、その結果大人になったお前を見るのが楽しみなんだ。俺達の楽しみ奪うな」
「でも、もしあなた達の望まない姿になったら?」
「どんな姿でも恭弥は恭弥だ。見た目がどうだって、俺らが恭弥の事愛してんのに変わりはねえよ」
「ちび恭弥も、今の恭弥も、まだ知らない未来の恭弥も、同じだけ愛してるよ」
二人の大きな手が髪を撫でてくれる。
温かくて優しい手。きっと十年経っても変わらないのだと、無条件で信じられる。
「耳や尻尾も、髪と同じ綺麗な黒色だったな」
「ああ。毛並みも手触りも最高だった。あの毛並みを持った猫がお前の元になってここにいるんだな」
とん、と指で胸の中央を押された。
身体の中心。心臓よりももっともっと核になる部分。
「飼い主にめいいっぱい可愛がられて、世話されて、沢山愛された猫だ」
「きっとお前に良く似た美猫だよ」
子供の頃はまだしも、ヒトの遺伝子情報が前面に出てからは、動物遺伝子は自分を構成する因子のひとつでしかなくなった。
ましてや、組み込まれた動物がどんな個体だったかなんて、一度も気にした事はなかった。
自分の中で眠る黒い猫。
飼い主に愛されて、飼い主を愛して生きた猫。
まるで今の自分のように。
「ならきっと、その子の飼い主はあなた達みたいな人だったんだよ」
優しくて温かくていい匂い。時折り見せるへなちょこぶりまで愛おしい。
他者を拒む事の多い自分が、ディーノ達には一目で心を奪われた。側にいたい、その瞳に自分を映して欲しいと強く願った。
それは紛れもなく自分自身の感情だけど、身体の奥の奥で眠る猫の思いでもあったかもしれない。
「そんじゃ、その猫の分まで可愛がってやんねーとな。お前に似てんなら好物も一緒だろ。晩飯はハンバーグにすっか」
「僕の分とこの子の分、二つ用意しなよ。食べるのは僕だけど」
「どんな理屈だ」
破顔する二人の飼い主。綺麗な笑顔が、泣きたくなる程の愛しさに変化する。
今では当たり前にここにあるけれど、手に入れられない可能性だってあった、とても貴重で大切なもの。
(愛してる)
飼い主達に聞かれないよう、恭弥は心の中だけで呟いてみる。
胸を締め付ける切なさと、温かく潤う心地。
その言葉が連れて来る相反する気持ちは、きっと自分の中で一番綺麗なもの。
(いつか、ちゃんと言うんだ)
言葉を話せず、最愛の飼い主に気持ちの半分も伝えられなかったであろう黒猫の分まで。
2013.02.21