Novels 2
□I LOVE CAT
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ビフォーアフター十年弾とは、被弾者を十年前もしくは十年後の姿に変化させる特殊弾なのだと、リビングに場を移した一同を前に、新しいケーキをつつきながらおもむろにリボーンが説明を始めた。
「適応対象はペットだけだから人間が撃たれても変わらねーし、痛くも痒くもねえ」
「どんな用途に使うんだ」
「客の要望に応える為だ」
店を訪れる客は店内にいるペットの中から気に入った個体を選ぶ。
今そこにいる個体の容姿を気に入って連れて帰る客が殆どだが、ごく稀に将来的な容貌も視野に入れて選ぶ客もいるのだ。
どのように成長するのか、どのような容姿に変化するのか。事前にそれを分かった上で購入したいという客の要望を満たすのが目的で開発されたのがこの特殊弾。
被弾したペットの骨格や体組織を一瞬で成長させ、その効力は任意で設定出来るという代物だ。
「見た目がガラッと変わっちまう奴もたまにいるからな」
「けどそんなの客の我が儘じゃねえか。そんなもんの為にペットの身体に負担を掛けるのはどうかと思うけどな」
「まあな。けど成長してから、望んだ通りの姿形にならなかったからって虐待されたり捨てられたりするよりは全然マシだ」
無表情でエスプレッソを啜る一方、リボーンの声音には怒りの色が滲んでいる。
恐らくは、そういった事実があったのだろう。
「それがアフター弾だ。ビフォー弾はそれの対になる特殊弾で、被弾者を十年前の姿にする為のもんだ」
強制的に成長を促進させるアフター弾と違い、こちらは過去の状態に戻すだけだから身体に掛かる負担は殆どない。
「こっちの用途は?」
「これも客の要望に応えるもんだが、どっちかっつーとサービスの一環だな」
「サービス?」
「お前ら、店に出てるペットの年齢知ってるか」
ディーノ達は互いに顔を見合わせて記憶を辿る。
店内にいたペット達は、そう言われてみれば皆似たような年頃だったのではないか。
「下は十二、三歳から、上は十五、六歳くらいまでだ。それより若けりゃ性行為が出来ねえし、それ以上育っちまうと可愛げがなくなっちまう。普通のペットだって子供の内は大人気でも大人になっちまえば貰い手が減るだろ。そんなもんだ」
だから、十五歳の恭弥はギリギリだったのだと言う。
「もし俺らが恭弥を連れてかないであのまま残ってたら、どうなってたんだ?」
膝の上で遊び始めた恭弥をあやしながら、恐る恐るディーノが尋ねる。
よもや廃棄処分になるのでは、と思ったのだが、それは杞憂だった。
「スタッフとして店で働いてもらう事になってんだ。こいつみたいに大勢の中にいるのがストレスになるような奴には、下手に気に入らねえ飼い主に飼われるよりもいい環境かも知れねーな」
「……ここに来て良かったよな?俺らに飼われて嫌じゃないよな?」
「僕はしたい事しかしないよ。ここに来たかったから来たんだ」
「だよなー」
「見た目犯罪くせーから、イチャつくんならそいつが元に戻ってからやりやがれ」
「うっせ。こっちはそんなもん撃ってくれなんて頼んでねーだろ」
「十年前の姿に戻して何かあるのか」
「こいつらは、生まれた時はヒトの遺伝子情報よりも組み込まれた動物の遺伝子情報の方が強く出るんだ」
「それでこれ、か?」
ディーノが、恭弥の頭の上でひくひく動く獣耳にそっと触れる。隣に座った兄の手は、同じくひくひく動く尻尾へと。
見た目からして艶やかで綺麗な毛並みは案の定、触り心地も非常に良く、手を離すのが惜しくなってしまう程だった。
「それが逆転するのが五、六歳だ。ヒトの遺伝子情報が強くなると耳と尻尾は自然と消えちまう」
「どんな風に?」
「僕の時は、朝起きたらなくなってたよ。痛くも何ともなかった」
「そっから後は見た目まんま人間だ。人に飼われる頃には、組み込まれた動物がどんなかなんて分かりゃしねえ。だからたまに、その動物がどんな色のどんな毛並みだったか知りたがる客がいてな。まあそれは単なる興味だから、こんなでしたって見せてやりゃ満足するもんだ」
二杯目のエスプレッソを飲み干すと、リボーンはひょいとソファーから飛び降りた。
「帰るのか?」
「他にもまだ猫ベースのペット飼ってる家があるからな。今日は猫の日にちなんでそいつらの耳尻尾付き時代を一目見せてやる為の家庭訪問なんだ」
「何だそりゃ」
「めったに見られない姿をせいぜい堪能しとけ。効果は後一時間くらいだし、元に戻る時もそいつの身体に負担は掛からねーから心配すんな。ちゃおちゃお」
「窓から帰るな!玄関から出てけ!」
可愛らしい挨拶を残し窓の外に身を滑らせたリボーンは、あっと言う間に見えなくなってしまった。
騒動の中心が消え、残されたのは飼い主二人とペットがひとり。
「十年前の恭弥か……」
説明を理解し現状を把握すると、ようやく感情が仕事を始めた。
「か……可愛い可愛い可愛い!今もめっちゃ可愛いけど、お前昔っから可愛かったんだな」
「知らないよ」
「耳も尻尾も綺麗で可愛いな」
「あんまり触らないで」
「わり。痛かったか?」
「くすぐったい」
いやいやと膝の上を逃げ惑う愛らしい姿に兄弟揃って目を細める。
弟に至っては、溶けてしまいそうなデレデレの笑みだ。
「ほっぺた、すげー柔らかい。手もこんなにちっこかったんだな」
耳と尻尾から外れた二対の手は、幼い子供の頬や手足、そして今と変わらず丸い頭を撫でていく。
見た目が変わっただけで中身は、飼い主達に撫でられるのが好きな今の恭弥だからだろう。うっとりと目を瞑り飼い主達の好きにさせていた恭弥の身体は、次第に前後に揺れ出した。
「眠いのか?」
「そういやリボーンと手合わせしたもんな。疲れたんだろ。今は子供の身体だし」
もともとよく眠る恭弥が、今は体力の少ない子供の身体になっているのだから仕方がない。
「もうすぐ元に戻るんだろ。それまで俺達はちび恭弥を堪能してっから、俺達に構わず寝てろ」
「ん……」
ディーノの膝の上で身体を丸めると、あっと言う間に恭弥は健やかな寝息を立て始めた。
いつもとは違う幼子の寝顔。いつもと同じ愛おしさ。
ぐっすり眠った恭弥を抱いて、二人の飼い主は飽きる事無くその寝顔を見守った。