Novels 2
□嬉しくて楽しくて幸せな日
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「何でもしてくれる?」
「おう」
「じゃあ、ちゅーして」
その瞬間、にっこり笑ったおひさまみたいな顔のまま兄はぴしりと固まった。
「パパが朝してくれた。おめでとうって。ディーノもして」
よじよじと膝によじ登り真っ黒で大きな瞳でじっと見つめる弟の姿に、余計な事を、とディーノは元凶である父親を睨み付ける。
痴話喧嘩をしていた筈の両親はいつしか息子達の会話に聞き耳を立て、おもしろそうにこちらを眺めていた。
何年経っても恋人同士のような両親のせいで、この家では挨拶とキスは同義語だ。唇へのキスだって珍しくもない。
そのせいできょうやはそれが普通だと思っている節があるが、齢十二にして良識派の長男はそうではない。
可愛い弟の願いは叶えてやりたいし、本音を言えばキスだってしたい。
実際、何度かした事はあるから今更だ。
けど、やっぱり唇と言うのはまずいだろうと思ってしまうのだ。
「早く」
なのにきょうやは兄の葛藤などお構いなしで父親そっくりな金髪を引っ張って強請り、それでもディーノが逡巡していると次第に不機嫌そうな表情になってしまった。
「わ!ごめん!」
それを見たディーノが大慌てで膝の上のきょうやを抱き締める。
誕生日を迎えた弟の喜ぶ顔が見たい。それだけを思って言い出した事。
そしてきょうやは自分とのキスを望んでくれた。
ならば、きょうやの望みを叶えてやらなくては。
「きょうや。誕生日おめでとう」
少し突き出した唇で、自分よりも小さな唇にちょこんと触れる。
「うん。ありがとう」
ちゅ、ときょうやも返してくれた。
ままごとみたいな小さなキス。
それでも、柔らかくてあたたかくて気恥ずかしい。
「んだよ。その程度のキスしか出来ねーのかお前は」
「十二歳であなたくらいキスが上手かったら、その方が僕は嫌だけどね」
「俺上手い?俺とのキス、好き?」
「初めてキスしてからもう十年も経つのに、知らなかったの」
「いーや。知ってたぜ。昔っからお前キス好きだもんなー」
再びイチャつき出した両親をガン無視していると、膝の上に乗ったままのきょうやが再びディーノの髪を引っ張ってきた。
「ん?」
「もいっこ、お願い」
「いいぜ。何でも言ってみろよ」
「今夜は一緒に寝て」
「いいけど布団取んなよ。こないだ一緒に寝た時、布団全部お前に持って行かれちまったし」
「違うよ。あれはディーノが布団を蹴っ飛ばしたんだよ。僕も蹴られそうになったもん」
「うわマジか。ごめんな。じゃあ今夜はぎゅーってくっついて寝よう。くっついてたら蹴らねーし」
「うん。くっついてたらいつもよりあったかいよね」
キスのおかげか、もう一つのお願いをきいてもらえたからか、きょうやは嬉しそうに笑っている。
いつだって、最愛の弟の笑顔を見るのはディーノにとって何よりも嬉しい事。
祝う側と祝われる側双方とも、嬉しくて楽しくて幸せなのが誕生日。
「来年も再来年もその次の年も、誕生日には一緒に寝て」
「おう。ずっと一緒な」
他愛もない子供同士の約束。
十年後、それを振りかざして履行を迫る弟相手に親愛と恋情の狭間で理性を振り絞る羽目になろうとは、今のディーノはまだ知る由もなかった。
2012.05.05
2013.02.03(再UP)