Novels 2

□like a flower
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残された恭弥はすっかりしょげてしまっている。
堪えきれなくなったのか、膝の上に乗せた手の甲に、ぽつりと雫が一滴零れた。

「タイミングが悪かったな。あいつ今試験勉強で気が立ってんだ」

よしよしと頭を撫でてくるディーノは、恭弥の行動理由を分かっている。
試験勉強中の弟はずっと机に齧り付いているから、恭弥を構ってやる暇がない。それが恭弥にはおもしろくないのだ。
大好きな飼い主が家の中にいるのに遊んでくれない。どころか、ロクに口もきいてくれない。
それも一日や二日ではないのだから、おもしろくないしつまらない。第一寂しい。

だから、ちょっとでいいからディーノの気を引きたくて、机の上のテキストを隠したのだ。
ディーノは毎日これを読んでいたから、これがなくなれば自分と遊んでくれると思ったから。
ディーノがテキストを探して右往左往しているのを見て、最初の内はワクワクした。
すぐに探すのを諦めて、空いた時間で構ってもらえると思ったのだ。
でも、必死の形相で家中をひっくり返して探す様子を見ていたら、もしかしたら自分はとんでもない事をしてしまったのではないかという疑念が湧き上がり、ひどく後悔した。
隠したテキストを差し出して謝ろうと思ったまさにその時、苛立って困っているディーノに問い質された。
それは初めて見る表情だったからびっくりして、知らないと、咄嗟に嘘を付いてしまったのだ。

その後も、鬼気迫る勢いで家捜しするディーノはどんどん怖くなるし、言い出すタイミングが見つからず困り果て、けれど成す術もなく、ついに恭弥の自室にまで捜索の手が及び今に至る、という訳だ。
もうひとりの飼い主に優しく頭を撫でてもらっても、ベッドの下に隠したテキストを見つけた時のディーノの怒りを目の当たりにした衝撃は消えない。
だって、すごく怖かった。いつもは優しい彼があんなに声を荒げて叱るなんて思わなかったのだ。

「謝ったら、許してくれるかな……」

赤くなった鼻をすんと鳴らしてぽつりと言葉を零す恭弥を、ディーノは殊更優しく撫でてやる。

「勿論。でも今はあいつの勉強の邪魔になるから、試験が終わってからな」

「それまで遊んでもらえないの?」

「そう長い間じゃないから我慢しろ。あいつの試験期間はなるべく早く帰って来るから、代わりに俺が遊んでやるよ」

ぽんぽんと丸い頭をあやし遊んでやると言ったディーノは、なのにそんな素振りを見せずに恭弥から離れてしまった。

「どこ行くの。遊んでよ」

「明日からな。今日は駄目」

「どうして」

「理由はどうあれ、さっきのはお前が悪い。だから明日の朝までひとりで反省しろ。勿論、一緒に寝てもやんねーからな」

一旦は落ち着いた涙が、再び恭弥の目尻に溜まり始める。
けれど恭弥は否も言わず、ぐ、と唇を噛み締めて頷いた。
ディーノはいつもこうやって、その時々で一番効果的な罰を与える。
大好きな飼い主に叱られてしょげ返っている今の恭弥には、触れる事はおろか飼い主の姿を見る事すら出来ずに一晩過ごすのは、何よりも辛い仕置きだった。
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