Novels 2
□迎春
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「恭弥……俺もうギブ……あいつにお年玉やって下さい」
「情けない」
「だってあいつあれから一言も口きいてくれないんだぞ!」
あっさり軟化するかと思われたきょうやだったが、母親譲りの意志の強さの賜物か、騒動の翌朝から挨拶以外では全く口を開かなくなった。
普段は、ディーノが家にいるとよじよじと膝に上って遊んでくれとせがんでくるのに、この三日間そんな素振りは一度も見せない。
「鳥のぬいぐるみ相手にひとりで遊んでっからさ、一緒に遊ぼうぜって声掛けてもぷいって後ろ向いちまうんだ。そのくせしょんぼりしてぬいぐるみ抱き締めてさ。ちっちゃい背中がかわいそうでしょうがねーよ。なあ恭弥、頼む。お願いします」
夫に土下座されて恭弥は苦虫を噛み潰したような表情になるが、心情的には夫とさほど変わらない。
良くも悪くも自分にそっくりな息子の事。このまま事態が変わらなければ食事を抜くという暴挙にまで出ないとも限らない。
もっともそうなったらなったで、無理矢理にでも食事を取らせる事は出来るけれど、出来る事なら上から押さえつけるような真似は極力したくはない。
第一、ディーノ程取り乱しはしないものの、恭弥だって息子と遊んだり話をしたり出来ないのは辛いのだ。
「仕方ないな」
溜息ひとつその場に残し、恭弥はリビングの隅でひとり寂しく座り込む息子のもとへと足を運んだ。
「はい」
突然現れた母親が差し出した封筒の意味が分からなくて、きょうやは小首を傾げて母親を見つめる。
「お年玉だよ。いらないの」
「え……」
可愛らしいキャラクター柄の小さな封筒には『おとしだま』と書かれている。
「子供に大金は必要ないからね。入っているのは少額だよ。これ以上はあげないから、それで足りないなら諦めるんだね」
きょうやは両手でそれを受け取ると、ちらりと母親の様子を伺った後、覚束ない手つきで封筒の中身を検めた。
「……ありがとう」
十分な金額だったのか、きょうやは心底嬉しそうな笑みを浮かべて礼を述べると、大慌てで外出の支度を整えた。
「商店街にお買い物行って来ます」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
「うん」
黄色い小鳥を頭に、紫色のハリネズミを肩に乗せた恭弥が走って自宅を出る。
「お供が一緒だから心配ないよ。第一行き先はすぐそこの商店街だ」
妻と息子の遣り取りをこっそり覗いていたディーノが心配そうな顔をするが、心配無用と妻に言い切られ、それもそうかと思い直す。
商店街を含むこの町に於いて妻は昔から絶対君主だ。その息子に危害を加えようとする者などいる筈がない。
「つっても、商店街にある店なんてたかが知れてんぞ。特別高級なものが売られてる訳じゃなし、本も玩具も専門店に比べりゃ種類も少ないし」
「知らないよ。本人に聞きなよ」
やがて玄関のドアが開く音が聞こえた。息子のご帰還のようだ。
「おかえり。早かったね」
「ただいま」
何かを隠しているらしいきょうやは、両手を後ろに回したままでとたとたと両親の側に走り寄った。
「何買って来たんだ?」
「えっと……これ、あげる」
父と母、二人の胸元にきょうやの手が押し付けられる。
左右の手にそれぞれ握られているのは小さなブーケのような花束。
「パパとママにあげる」
ディーノに差し出されたのは黄色やオレンジを基調とした花々で、恭弥に差し出されたのは青や紫を基調とされていた。