リクエストSS

□飛花
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雲のようにふわふわと、雪のように密やかに、可憐な花弁は絶えず降り続ける。
白。桃。薄紅。
そのどれでもなくて、どれでもある淡い色彩が、音もなくひらひら舞い踊るように恭弥の上に降り積もる。
小さく綺麗な花弁から恭弥は目が離せない。
瞬きすら忘れたように、恭弥は降り注ぐ桜の花びらだけを見つめていた。

鳥の囀り。風が揺らす草木の囁き。それだけだった音の世界。
その中に新たに生まれた小さな音を、恭弥の耳は聞き取った。
ともすれば、すう、と消えてしまいそうな、小さな小さな、それは人の足音。
草を踏み小石を転がしながら動く足音は、本来聞こえる筈のない小さなもの。
動物の遺伝子を組み込まれた恭弥だからこそ聞き取れる音だ。

(そっちじゃないよ)

近付いては遠ざかる足音が誰のものかなんて、考えるまでもない。

(そのまま、真っ直ぐ)

恭弥は目を瞑り、全ての意識を聴覚に集めた。
少しずつ足音が大きくなってくる。近付いてくる証拠だ。

(そこを右に曲がるんだよ)

足音に、自分の名を呼ぶ声が重なる。
その声は、恭弥が大好きなもののひとつだ。

「恭弥!見つけた!」

大好きなその声は、やがてはっきりと恭弥の耳に届いた。
瞼を開けると、真上から覗き込む大好きな飼い主の顔があった。

「いつの間にかいなくなりやがって。散歩行くなら一声掛けてけ。えらい探したじゃねえか」

怒ったような、でも安堵して笑ってもいるようなそんな不思議な表情を残して、ディーノは恭弥の視界から外れた。
寝転がる恭弥の隣に腰を下ろしたのだ。

「よくまあこんな場所見つけたなー。この公園には何度か来てっけど、こんな場所あんの知らなかったぜ」

町一番の大きな公園は、町一番の桜の名所でもある。
ゆえに春は、美しい桜を愛でようと大勢の人達が集うのだ。
恭弥も例に漏れず、飼い主兄弟と一緒に花見に来たのだが、あまりの人の多さにすぐに辟易してしまった。

ディーノ達が花を差し置き酒宴に夢中になっている隙に、恭弥はそっとその場を離れた。
小さな鼻をひくひくと蠢かせ、人の匂いの少ない方へ歩みを進めた。
そうして見つけたのがこの場所だ。
公園の奥にある遊歩道から外れた更に奥。
茂るに任せた草木が歩道を覆い隠し、砂利も多い。歩き易さからは程遠い獣道みたいなこんな場所に好き好んでやってくる人間は少ないだろう。
現にここは、立入禁止区域ではないにも関わらず、人間の残り香ひとつ存在しないのだ。

「お前、こういう場所探し当てるの得意だよな。猫みてえ」

「猫だよ」

「そうだった」

そう言って笑うディーノの周囲で桜の花弁が舞い踊る。
桜に彩られた明るい笑顔。風にそよぐ金の髪。細められた甘い瞳。
そのどれもが溜息が出る程綺麗で、恭弥はうっとりと見惚れた。

「んな顔してっと襲っちまうぞ」

仰臥したままの身体にディーノが覆い被さった。太陽が遮られて影が出来る。
逆光でディーノの顔もよく見えなくなったから、恭弥は静かに目を閉じた。
熱が近付いてくる。柔らかな呼気が皮膚に触れた。
唇が重なろうとするまさにその時、

「はい、そこまで」

「いて!いて!いてー!」

乱暴にディーノの襟首を引き戻し、キスを未遂に防いだ人間が現れた。
十歳違いのディーノの兄。恭弥にとってはもうひとりの飼い主だ。

「恭弥を探しに行ったきり戻って来ないと思ったらこんな所にしけ込みやがって。俺がいないのをいいことに青姦おっ始めようとしてたんじゃねえだろうな」

「てめーじゃあるまいし、誰が外でなんかするか!恭弥がここに入り込んで寝てたのを見つけただけだっつーの!そもそも、こっそり近付いて不意打ちするなんて卑怯だぞ!」

「気付かないお前が悪い。恭弥は気付いてたぞ」

「え?マジで?」

「当たり前だろ」

人間離れした聴力以前に、大好きな飼い主の足音を聞き漏らすペットなどいない。
ディーノが現れた頃から、恭弥の耳はもうひとりの飼い主の足音を拾っていた。

「分かってたんだったら言えよ。そしたらこんな被害に遭わずに済んだのに」

首を押さえて蹲る弟の隣、恭弥の正面にディーノは腰を下ろした。

「この公園にこんな場所があったんだな」

「俺もびっくりした。恭弥が見つけたんだ」

「まあ、散歩や花見にはそぐわないな」

「でも綺麗な花が咲いてるよ。向こう側より草や木の匂いもはっきりしてる。僕はこっちの方が好きだな」

「恭弥は人間の匂いが嫌いだもんな」

匂いが嫌いだから人の多い所にいたくない、と言うよりは、大好きなディーノ達の匂いに他人の匂いが紛れ、そのせいで彼らの匂いが薄れてしまうから人の少ない所が好きなのだが、その微妙なニュアンスを恭弥は上手く言葉に出来ない。
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