リクエストSS
□Love Cooking
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折角妻が同じ家の中にいるのに離れているのは寂しい。新婚夫の誰もが罹患する情けない病に必要以上に冒されたディーノは、さっきから落ち着きなくキッチンの前でうろうろしている。
「料理をしている間は絶対に入るな」
と、きつく言い含められ、しかもご丁寧にキッチンのドアの前には恭弥の仕事上の右腕である草壁が配置されたとあっては、ディーノに成すすべはない。
出来る事なら一緒に料理をして、その過程でくっついたりイチャイチャしたりしたかったのだが、ディーノのそんな目論見は儚く散った。
そう出来ないのは残念だが、初めての料理が楽しみでない筈もなく、草壁の前だというのにディーノの顔は弛みっぱなしだ。
だって、愛する妻が作ってくれる手料理の意である愛妻料理という言葉は、自分には無縁だとばかり思っていたのだから。
けれど次の瞬間、キッチンから大きな爆発音が聞こえてきたせいで、ディーノは突如として我に返った。
「な、何だ!?」
断続的に響く爆発音。それに連なり聞こえてくる軽やかな破裂音は、窓ガラスが割れる音だろうか。
「おい!恭弥!どうした!?」
もしや休日を狙った襲撃かと、ディーノは蒼白になってキッチンへと続くドアに手を伸ばした。
けれどそれは、ドア前で立つ草壁に遮られてしまった。
「離せよ!恭弥が!」
「恭さんはご無事です。どうか中には入られませんよう」
「無事な訳ねーだろ!お前だって聞こえたろうが!外部からの侵入かもしれねえ!そこどけ!」
「財団施設は常に携帯端末でリアルタイムの出入り確認を取っております。外部ルートからの侵入形跡はありません。爆発はキッチン内部での自発的爆発です」
「自発的って……」
「外部からの要因ではありませんのでご安心下さい」
「そっか、それなら……って、ちょっと待て!恭弥!恭弥が中にいるのは変わらねえじゃねえか!怪我してっかもしれねえ!」
「いえ、ご無事です」
そんなやり取りに被さるのは新たに聞こえた爆発音。
「恭弥!恭弥!」
「大丈夫です。これは恭さんが料理をしている音ですから何の心配もありません」
「はあ!?料理してキッチンが爆発する訳ねーだろ!色んなもんが落下したり割れたりする音もしてるじゃねえか!」
「手元が狂ったのでしょう」
「あのなあ!」
「恭さんは人類としての性能が我々とは異なります。ディーノさんもそれはご存知の筈」
「いやいやいや!それとこれとは」
「同じです。彼は我々が思いつかないようなやり方で料理をしているだけです」
「どんなだよ!」
「僭越ながら、あなたは恭さんが是非にと望んだ伴侶でいらっしゃる筈。誰よりも恭さんを理解し、愛して下さっていると思っています」
「そ、そりゃ……」
「でしたら、どうかここは恭さんを信じてお引き取りください。あの方はあなたをキッチンに入れるなと命令しました。部下として主の命に従う事は最も優先されるべき事。どうしてもあなたが中に入ると仰るのでしたら、私は生命に替えてもそれを阻みます」
「何で料理ひとつで生死観まで話が飛ぶんだよ!ああもう分かった!わーったよ!大人しく料理が出来上がるまで待ってりゃいいんだろ!」
「ありがとうございます。出来上がり次第食卓へお持ち致します。お前達、ディーノさんをお部屋までお送りしろ」
「何で自分ちで財団職員に警護されなきゃなんねーんだ!」
素朴な疑問は綺麗に流されて、ディーノは突如現れた財団職員達にリビングへと連行されたのだった。