リクエストSS

□Love Cooking
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十年来の恋人をようやく伴侶に迎える事の叶ったディーノは、幸せの絶頂ながらもたったひとつだけ後悔の念に駆られる事があった。
それは結婚を申し込む為の言葉、即ちプロポーズ。
華美な言い方を嫌う恋人の性格を鑑みて、これ以上なくシンプルかつ直球な「結婚してくれ」という一言でめでたく諾を貰った訳だが、新婚生活がスタートしてから一ヶ月、ここに来てディーノは初めて日本古来の言い回しがあった事を知ったのだ。

生まれ育った国とその文化を愛してやまない七つ年下の新妻とは、この一ヶ月、互いが組織の長という事もあり、多忙ゆえのすれ違い生活が続いている。
所狭しと愛妻料理が乗る食卓を二人で囲む時間を取るなど、夢のまた夢。
互いにそうと分かった上で婚姻に臨んだのだから、不満に思っている訳ではない。

けれど今日は、結婚後初めて迎えた二人一緒の休日。
午前中は仕事の後処理でバタバタしていたが、打って変わって午後はのんびりとした空気が広がっている。

「恭弥。お前に頼みがある」

切り出すのは今だとばかりに、ディーノは改まって、隣に座る妻に向き直った。

「俺の為に毎日味噌汁を作ってくれ」

ディーノが読んだ日本の書物。その中では男性が想い人にそう告げて、言われた女性は頬を染めて頷いていた。
初めは意味が分からなかったが、それが奥ゆかしい日本人の婉曲的なプロポーズだと分かると、ディーノは目から鱗が落ちた気がした。
装飾過多な言い回しを避ける為とはいえ、自分がしたプロポーズはあまりにも直接的で情緒がなかったと常に思ってはいたのだ。もっと気の利いた言葉があったのかもしれないと。

そこで見つけたこの言葉。
言葉自体はシンプルながらも秘められた意味や、こうした言葉に擬態せざるを得ない奥ゆかしさが滲み出る、素晴らしいプロポーズの言葉だと思えたのだ。
もっと早くに知っていたら、と後悔することしきりだが、求愛の言葉同様に求婚の言葉だって何度したっていい筈だ。

そんなイタリア人らしい前向き思考でディーノは二度目のプロポーズを決行したのだ。
けれどそれを受けた恭弥は胡散臭げな表情をするばかり。
何か間違えたのかと冷や汗をかいた時、眉間に皺を寄せた恭弥が大きな溜息をついた。

「結婚する前に言った事忘れたの。僕もあなたも昼夜問わず仕事で多忙だから毎日決まった時間に食事は取らないし、作らないって」

「や、それは覚えてるぜ。勿論そのつもりだし」

「だったらどうして突然そんな事言うの。味噌汁は保存が効かないんだよ。作り置きは風味が悪くなる」

「ええと……」

「それとも何。料理を全て風紀財団職員に任せきりの僕に対する文句か何かのつもり」

「いや!違う!そうじゃなくて!」

「なら何なの」

まさか純然たる日本人の妻にこの言葉の意味が伝わらないとは夢にも思っていなかったディーノは、困惑することしきりだ。
隠された意味に気付いてもらわなければ、これはただ毎日味噌汁を作ってくれという請願でしかない。
前述の通り多忙な恭弥がそんな事を受諾する筈がない。どころか、当初の取り決めを破棄したと怒ってもおかしくないのだ。

「すまん!違う!そうじゃない!」

「何が」

「お前に一方的な負担を負わせようとか、そういうんじゃないんだ。ただ、ちょっと言ってみたくなっただけで……」

「味噌汁作れって?」

「いや……ええと、まあ、うん、そんなところ」

ディーノとしては味噌汁が飲みたい訳ではなく、日本古来の言い回しでプロポーズをやり直したかっただけなのだが、今の段階でさえ軽く青筋を浮き上がらせている恭弥にそんな事を言おうものなら、まどろっこしい事を言うなと愛器を持ち出されるに決まっているのだ。
ここはもう、一切合切を諦めてなあなあで誤魔化してフェードアウトを狙うしかない。
これもまた日本で暮らし始めたディーノが身につけた処世術のひとつだ。

「本当ごめんな、変な事言って。今のナシ。忘れてくれ」

「作ってあげてもいいけど」

「え?」

「そろそろ職員達が夕食の支度を始める頃だ。僕達の分は断ってくるよ。今日は僕が作る」

「えええ!?」

「何。僕の料理が食べたかったんじゃないの」

「え、いや、あの」

「いらないの」

「食べたいです!」

よく分からない内に話はあらぬ方向へ転がったようだが、どうやら恭弥はディーノのために料理を振る舞ってくれるつもりらしい。
愛妻による手料理を喜ばない夫がいる筈がない。ディーノも例外ではなく、降って湧いた僥倖に瞳を輝かせる。
その様に自尊心を擽られたらしく、恭弥は満足げな笑みを口端に乗せて部屋を出て行った。
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