リクエストSS

□恋い焦がれ
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雲雀が戻って来たのは丁度そんなタイミングだった。

「ひとりで何おかしな事やってるの」

可愛げのない言葉を吐く雲雀の頭の上には、愛らしいハリネズミが一匹乗っている。
さっきまでのしょんぼり具合はどこへやら、随分とご機嫌な様子でキューキューと鳴いていた。

「起きて。やるよ」

「部屋ん中でトンファー振り回すな!今日の修行はもう終わり。お前だって怪我してんだし」

「さっきこの子と話した。忘れない内に試したい事がある」

「は、話……?」

主なら、人語を解すも話せない匣アニマルと意思疎通を図る事は可能だが、間違っても会話など不可能だ。どこまでが本当か分からないが、人類として規格外の雲雀の事、無くはないと思ってしまうのも仕方が無い。
しかもそれを肯定するように、丸い頭に乗ったハリネズミは誇らしげに胸を張っている。
これは素直にそういう事にしておいた方がよさそうだ。

「この子が言うには、この子が持つ力は僕が引き出す事で何倍にも膨れ上がり、状況に応じて様々な形で使役出来るらしい」

だからさっきからそう言ってるだろう、と突っ込みたいのをディーノはぐっと堪える。
自分の話には耳も貸さなかったくせに小動物の話は聞くのかと拗ねたくもなるが、雲雀に匣アニマルの扱い方を教えるという目的は果たされたのだから結果オーライだ。

「この子と戦えば強くなれると思ってたけど、そういう使い方じゃないみたいだ。何かの助けを借りて戦うのは嫌いだけど、この子の力を引き出すのもそれを使うのも、全部僕の力にかかってるんだと思ったら気分がよくてね」

ニッと笑った雲雀の身体が見る間に炎に包まれる。
純度の高い、鮮やかな紫。この短期間でこうまで完全に炎を扱えるあたり、やはり雲雀は只者じゃない。

「修行して、今よりもっと強くなって、そして敵を全部倒せばいいんだろ」

「その敵の事をお前はまだよく知らねーだろ」

「知ってるよ。校則違反の眉をした剣士だ」

「そいつだけじゃなくてな」

「いちいち覚える気なんかないよ。襲い掛かって来る奴が敵なんだろ。そいつらを全部倒せば僕は元の時代に戻れる」

「そうだけど……」

あまりにも端折り過ぎているが、でも簡単に言えばそういう単純な事だ。
むしろ雲雀には、過度な説明をするよりもこの方がいいのかもしれない。

「お前が強くなってツナ達と一緒に戦ってくれれば世界が救われるかもしれないんだ。頼んだぞ」

「世界がどうとかなんてどうでもいい。僕は僕の為に戦う。この並盛は僕の並盛じゃない。町並みも学校もこの施設も、何ひとつ僕のものじゃない。元の時代にある僕のものを取り返す為に、僕は戦う」

纏う炎が膨れ上がった。
炎の大きさは覚悟の強さ。雲雀の覚悟が、目に見えてそこにある。

「だから相手しなよ」

「いって」

ぐい、と髪を引っ張られ、ディーノは思わず涙目になる。
雲雀は不機嫌そうに顔を歪めるも、髪を離そうとはしない。

「あなたも違うね」

「あ?」

「僕のあの人じゃない。色も匂いもよく似てるけど、違う」

「十年経ってっからな。色々あったし。お前の知ってる俺はどんな奴だった?」

「……うるさいへなちょこだよ。過保護で、よく笑ってた。いつもコロコロ表情が変わるんだ。見てて飽きなかった。今頃、草食動物達全員がいなくなって慌てて走り回って転んでるかもしれない。あの人は本当にへなちょこだから。僕がついていないと駄目な人なんだよ」

「そっか……そうだったな……」

思い出した。
十年前、いつも自分は雲雀に振り回されては大変な目にあっていた。キレそうになったのも一度や二度じゃない。
それでも雲雀の側にいたかったのは、この顔をずっと見ていたかったから。

どこか遠くを見るような大人びた横顔。普段の子供っぽさは鳴りを潜めた、凛とした強い視線。
その視線の先に何があるのか。自分には見えない何を見ているのか。
隣に立ってその景色を一緒に見たかった。自分が見てきた景色を雲雀にも見せたかった。
そうやって、この子が大人になっていく姿を誰よりも近くで見ていたかった。

「お前がいなくて泣いてるかもしんねーな」

「そうだね」

「あいつの事よろしくな」

「あなたに言われる事じゃない」

頭に乗せた手はすぐ鬱陶しげに払われた。
武器を構えこちらを見据える瞳はもう、純粋な戦闘欲に塗れている。

自分のものだと雲雀は言った。過去のディーノの事を。
誰かを所有したいと思うそれは、紛れもなく独占欲。
まだ幼く小さいけれど、ちゃんと恋心はそこにあり、子供と大人の狭間で日々育っている。

「よし。これまでの比じゃない程強くしてやる。その力持ってお前のいるべき場所に帰れ。そんでそこで待ってる俺にも強くしてもらえ」

「僕を強くするのはあなたじゃなくてこの子だよ」

「ハリネズミに負けんのか俺は!」

「ロール」

「え?」

「この子の名前。他の匣の子とは違う。この子はこの子だけだ。僕の友達だよ」

「キュー!」

ロールと名付られたハリネズミが誇らしげに高く鳴く。紫の炎と同化しながら。
彼を従えた雲雀が獲物を前にした猫科の動物のように目を細め、美しい炎に煽られる様は、焦がれてやまない彼の人によく似ていた。




2014.04.06
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