リクエストSS

□恋い焦がれ
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思い返せば、雲雀は人の言う事を聞かない子供だった。
そうディーノが気付いたのはメローネ基地攻略から数日後。この時代に飛ばされて来た雲雀との修行を開始して、すぐの事だった。
この時代の彼だって決して従順ではない。それでも年相応の分別は付いているし、組織の長として感情に流されない冷静さも持っている。
そんな雲雀を近くで見てきた身としては、十年前の彼を形容するに『じゃじゃ馬』という言葉しか出てこない訳で。

「あんな怪我しといてどこ行きやがった……」

はー、と大きく溜息をついたディーノは、今や雲雀専用と化した救急セットの上に突っ伏す。
ついさっきまで傷の手当をしていた。顔と言わず身体と言わず、至る所に無数の裂傷があったから。
けれどそれはディーノとの修行によるものではない。朝から行方をくらませていた雲雀が財団施設に戻って来たらそうなっていたのだ。
まさか既にミルフィオーレによる戦闘でも起きたのかと草壁やロマーリオ共々青くなったものだが、雲雀にそれらの傷を負わせたのは予想外の存在だった。

「自分の匣アニマルとバトる馬鹿がどこにいるってんだ……」

メローネ基地で、小さく愛らしいハリネズミが無数の刺を持つ複数の球体に変化する様を見た雲雀は、その威力を正確に、身を待って知りたいと思ったらしい。
思い立ったが吉日とばかりに雲雀は朝から己の匣アニマルと戦い、けれど不慣れな戦闘形態について行けず、その結果見事に全身傷だらけになったと言う訳だ。

「可哀想になあ」

そう憐れむのは間違っても雲雀に対してではない。あの怪我は自業自得だ。
それよりも、大好きな主を傷付けた匣アニマルの事を思うと胸が痛む。

彼らは主に使役され、主を守り、主の為に戦う生き物だ。メローネ基地であのハリネズミが暴れたのは、主である雲雀を傷付けてしまった事による過剰反応に過ぎない。それに、与えられた炎が適量だったらああも大事にならなかった筈だ。
そういった特殊事情を除き、彼らは主に牙を向く事はない。そうプログラムされているのみならず、彼ら自身が主に多大な好意を持っているからだ。
だからこそ、例えそれが主の命令だとしても主を攻撃して平気な筈がない。

身体のボロボロ具合とは打って変わり満足げな雲雀と違い、小さなハリネズミは雲雀の側でいつまでも悲痛な鳴き声を上げ続けていた。
雲雀の命令に従っただけでお前は何も悪くない、これは雲雀が望んだ事なのだと、ディーノは小さな身体を掌に乗せて必死にあやしたが、ハリネズミはしょんぼりと項垂れたまま、やがて悲しそうに匣へと戻ってしまった。

その匣ごと雲雀が消えた。
こんな時期に単独行動なんて取るんじゃない。どこか行くなら声を掛けろ。
何度もそう言い聞かせているのにどうして彼は人の言う事を聞かないのか。

「いや、それだけじゃねえ。やれって言えばやらねえし、やるなって事は嬉々としてやりやがる。この時代の事を説明しても大あくびで右から左だし、そうかと思えばすぐトンファー振り回して襲ってくるし、それ以外は寝てるし、あいつは本能のまま生きてる動物が何かか」

これがよく今の雲雀になったものだと感心すらする。
それくらい、過去の雲雀は取り扱いが難しい。

「昔の俺、どうやって恭弥を教えてたっけ……」

何と言っても十年も昔の話だ。うんうんと唸りつつ必死に記憶を遡った結果思い出したのは、荒療治一択だったという事実。
言う事は聞かないわ、一生懸命考え作った修業メニューは目を通しさえせず破り捨てるわ、実技では殺すつもりで襲い掛かって来るわ、手合わせが終われば忽然と姿を消すわ、一から十までこちらの神経を擦り減らす事しかしなかった。
普通の人間なら家庭教師の役目など放り出すレベルだ。

そんな雲雀に根気よく付き合い、上手く興味を引き誘導し、強くさせるという目的を遂行出来た過去の自分を褒めてやりたい。
もっともあの時、原動力になっていたのは紛れもなく雲雀への恋心ではあるのだが。

「俺……あんなじゃじゃ馬のどこに惚れたんだ……」

確かに幼い雲雀は可愛い。我儘も傍若無人ぶりも許せてしまう。
けれどそこには、最愛の恋人の十年前の姿というフィルターが多分に影響している。
そのフィルターがなかったであろう当時、七つも年下の凶悪凶暴な子供相手に、親愛ならまだしも恋情を抱くなどどうかしている。
他人事のようにそう思い、次の瞬間自分事だったと思い直し、思わずディーノは頭を抱えて蹲った。
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