リクエストSS

□勝負の行方
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太陽を遮る雲なんかひとつもない好天気の午後。
ポカポカと暖かい陽気のこんな日は、手合わせ日和と決まっている。

「決まってねえよ」

ディーノは憮然としていたけど無理矢理屋上に連れ込んで襲い掛かったら、渋々ながらも応戦してくれた。
高い気温と全身運動の賜物か、手合わせ後の身体はひどく熱く、汗ばんでいる。
涼を求めペットボトルの水を頭から浴びると、笑うディーノの姿が視界の端に見えた。

「何」

「や、キラキラした雫が黒髪に映えて綺麗だなーと」

黒い髪をわしわしと大きな手で掻き回した後、ディーノは丁寧に梳いていく。
十分に空気を孕み、暖かい陽を浴びた短い髪は、含んでいた水分をすぐに飛ばした。

「濡れた髪は艶々して綺麗だし、乾いてるとサラサラしてすげえ気持ちいい。俺、お前の髪すげー好き。いくら触っても飽きねえや」

「黒い髪が好きなの?」

「そだな。俺のと全然違うからか、すげー綺麗に見えるんだ」

「ふうん」

日本人の殆どは黒髪だ。と言う事は、日本人の殆どがディーノの興味を惹く対象だという事だろうか。
見知らぬ誰かの髪を褒め、こうして触れるディーノの姿を想像すると、胸の奥が鉛でも埋め込んだみたいに重くなる。
けれどそれをどう告げていいか分からないから、努めて平静を装って会話を続ける努力をしてみた。

「なら今度、草壁の髪も触らせてあげるよ。そう言えば、いつもあなたと一緒にいる髭の人も黒い髪だね。彼の触り心地はどう?」

「やめてくれ。草壁のなんて固めまくってて、触っても髪質がどうとか分かりゃしねえだろ。ロマに至っては論外だ。あのな、俺が綺麗だと思うのも触りたいのもお前の髪限定なの。他の奴のなんてどうでもいいの」

そうして彼の手は再び髪を梳き始める。
楽しそうに、幸せそうに。何度も何度も。

「あなたの方が綺麗だと思うけど」

仕返しみたいにディーノの髪をくしゃくしゃと掻き回す。
途端、光を孕んだ金色の髪がふわりと広がり、煌めきを増した。
軽やかに揺れるふわふわの髪が、太陽にも負けない輝きを放つ。あまりにも綺麗で目が離せない。

「すごく、綺麗」

「そっか?ありがとな」

にっこり微笑むその顔は勿論、嬉しげに細められた瞳が甘さを増して、今にも蕩け落ちそうな錯覚に襲われる。

「こんなに綺麗な色、他には知らないよ」

瞳も、それを縁取る髪と同じ色の睫毛も淡く輝いて、見ているだけでくらくらする。
自分の知る色の中で一番綺麗だと断言出来る。そう、自分の髪なんかよりも。

「こんなに綺麗な髪を持っているのに僕のが綺麗に見えるなんて、あなたどこかおかしいんじゃないの」

「ええー、ぜってー恭弥のが綺麗だって。俺だってこんな綺麗な黒色、他に知らねーもん」

「目が悪いんだよ」

「違うね。お前を愛してっからだよ」

告げられた言葉と向けられた眩しい笑顔のせいで心臓が飛び跳ねた。頬や耳に急激に熱が集まっていく。
そんな顔を見られたくなくて慌てて横を向くと、これみよがしに溜息をつかれた。

「あーあ。そういう反応するって事は、俺が恭弥を好きな程、恭弥は俺を好きじゃないんだな。俺の気持ちの方がでかいから俺の勝ちだな」

「待ちなよ。何なのそのおかしな勝負」

「気持ちの大小の勝負。お前の俺への気持ちと、俺のお前への気持ち。俺の方がでかいから俺の勝ち。簡単だろ?」

「勝手に勝敗を決めるな」

勝負と名のつくものに負ける事程嫌いな事はない。
勝負内容に関わらずだ。

「僕のほうがきっと大きいよ。だから僕の勝ちだ」

「へえ?でも恭弥は好きだとも愛してるとも言ってくれねーじゃん。俺は何度も言ってんのに」

「それが日本人が持つ国民性と美徳だよ。あなたみたいに大盤振る舞いしたら有り難みがなくなるだろ」

「キスだって、いつも俺からじゃん」

「大事な事だから、そういう事は頻繁にしちゃいけないんだよ」

「俺の事好きなら言えるし出来るだろ。まあ、お前はまだ子供だから無理か」

「子供じゃない。言えるし出来るけどしないだけだ」

「そんな理屈で勝負を覆そうなんて男らしくないぞ。負けを認めろよ」

「負けてない。絶対僕の方が上だ」

「いいや俺だ」

「違う」

お互い睨み合い一歩も引かない勢いで自己主張していたら、突然ディーノが表情を緩めて蹲った。

「何」

「や……冷静になったら、めっちゃ恥ずかしくなって……」

そう言われてハタと思い出す。勝負の内容は『どちらがより相手を愛しているか』だった事を。
勝とうと思い今までした自己主張は、即ち愛の告白に違いなくて。

「お前が負けず嫌いなのが悪いんだ」

「あなたが子供っぽいからだよ」

「子供に子供呼ばわりされたくねーよ」

「子供じゃない」

再び言い合いが始まったが、先程までの勢いはもうない。
お互い照れてそっぽを向き、真っ赤な顔でボソボソ話すだけだ。
どこからどう転んだのか今となってはよく分からない告白大会。数々の言葉を思い返すと一層頬が熱くなる。

いつしか太陽は厚い雲で隠されて、ポカポカの陽気は去っている。手合わせ後の熱も消えている。
それでも、今支配している別種の熱は当分消えそうにない。
少しだけ距離を起き顔を背けて座るディーノからもその熱が感じられ、見えずともきっと、二人同じ表情をしているのだと思った。




2014.03.21
 

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