リクエストSS

□青少年の悩み
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彼がうるさいのはいつもの事。
頼んでもいないのに付きまとい、話し掛け、無駄に暑苦しいスキンシップまで仕掛けてくる。
学習能力がないのか幾ら拒絶しても態度を改めないからいつしか根負けして、今では好きなようにさせている。
大型犬がじゃれていると思えば我慢出来ない事もない。
けれど今日は、いつにも増してその傾向が強かった。

「なあなあ恭弥、寒くないか?」

「適温だよ。あなたがいるから暑いくらいだ」

「そっか。あ、じゃあさ、腹減ってねえ?晩飯何食いたい?ハンバーグにしようか?」

「テーブルに残ってる沢山のお菓子が見えないの。今まで食べてたのにどうして空腹だなんて思うのかな。大体夕食まで後何時間あると思ってるの。今から考えられる訳ないだろ」

「あ、うん、ごめん。えと、それじゃ、テレビでも見るか?それともゲームとか」

「僕が今本読んでるの分かってるよね」

「あー……うん……」

数ヶ月ぶりの来日を果たした彼は、手合わせもそこそこに自分をホテルの部屋に引っ張り込みやたらと構い倒しているが、勿論それに付き合ってやる義理はない。
手合わせを早々に切り上げられた事も、彼の一方的な乱入のお陰で仕事を中断させられた事も十分不愉快ではあるが、それすらもある意味いつもの事。
そんな時、同じ空間にいようともバッサリ彼を切り捨てて一人寛ぐのだってそうだ。
干渉される事を嫌う性質をよく分かっている彼は、いつもはすぐそういう雰囲気を感じ取り、適切な距離感で接したものだった。
それなのに、今日の距離感ゼロは何なのだ。

「ねえ。くっつき過ぎだよ」

「そうか?」

「あなたが邪魔で本が読めない」

べったりくっつくように隣に座られ、しかも彼の両手が肩に回されているのだ。抱きつかれていると言った方が早いかもしれない。
これではページを捲るのだって一苦労だし、集中して本など読めやしない。

「どうして僕の邪魔するの」

「そんなつもりじゃねえよ。ただ恭弥のそばにいたいんだって」

睨み付けると見る間に眉尻が下がり、情けない顔になる。
これが多数の部下を持つ大ファミリーのボスだと言うのだから、イタリアンマフィアもたかが知れていると思う。

「んじゃ、ちょっとだけ」

そう言うと彼はしょぼくれた顔のまま距離を取る。
手を伸ばせば届くけどそうしなければ届かない、別妙な距離だ。

その後彼は物言わず大人しく座っていた。
読書の傍ら時折ちらりと横目で盗み見ると、こちらを見つめる鳶色の瞳とぶつかったから慌てて本に視線を落とした。
さっきまでとは違う理由で落ち着かなく、本の内容も全く頭に入ってこないから、仕方なく諦めて本を閉じた。
横を向いても彼は口を開かず、けれど目を細めて少しだけ口端を上げた。
いつも見せる、大喜びの犬を連想させる満面の笑顔とは異なり、静かで甘さを乗せた笑みだった。

「何。じっと見て」

「お前の邪魔して怒らせたくねえから」

ニッと笑った彼はもういつもの顔に戻り、ソファー上の距離を詰めてきた。
けれど二人の間にはまだ拳ひとつ分の空間があいている。

「ずっと会えなかったからさ、それまで寂しかった分埋めたくて、お前に触って、話してたかったけど、それでお前にウザがられて嫌われちまったら元も子もないもんな。会えなかった頃に比べたら、お前の顔見て直に声聞けるだけで十分だし。邪魔してごめんな」

下から覗き込むようにして小さく笑う彼は、本心からそう思っているらしい。
殊勝な態度は一考に値するが、いきなりあけられた距離が気に入らない。
目に見える、拳ひとつ分あいた空間も。少しだけ遠くなった体温も。
上手く言葉に出来ない感情が顔に出ていたらしい。彼は優しく笑んだまま、長い指で頬に触れてきた。

「へへ。恭弥に触れた」

指先だけの小さな接触。たかがそんな事をこうも喜ぶなんて、どうかしている。

「望みが大きいのか小さいのか、分らない人だね」

仮にもマフィアのボスなのに。
大抵の事は、望めば何でも叶う立場の人なのに。

「大きいぜ。何たって、恭弥に愛してもらいたいって思ってんだから、相当なもんだろ」

「大小以前の問題だね。馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿って言うなよ。ひっでーなー。大体お前もさあ、久しぶりに会ったんだからもうちょっと、こう」

さっきまで大人しくしていた人間とは思えない勢いで、ぎゃんぎゃん騒ぎ立て始める。
身振り手振りが大きいせいか、懸命に自己主張を繰り広げる内にいつしか拳ひとつ分の空間はなくなっていた。
これがいつもの彼。やっぱりうるさくて暑苦しい。さっきまでの静けさは快適だった。
それでも、その時感じていた落ち着かなさはもうない。

この人がいるとうるさくて、暑苦しくて、鬱陶しくて、おちおち本も読めやしない。
なのにそれがあると安心するなどという事を、いつ、どんなタイミングで伝えればいいかというのが、ここ最近の悩みでもある。




2014.03.02

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