リクエストSS

□贈り物
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真っ直ぐ家に帰る気にもなれず、恭弥は公園に足を向けた。
大きな木の下に広がる芝生は緑の絨毯みたいに柔らかい。ここは恭弥の好きな場所のひとつだ。
真冬といえど晴れた昼間は陽も照って暖かい。そこに腰を下ろし、恭弥はごろりと転がった。

頭の上にはどこまでも広がる青空に白い雲が浮かんでいる。
辺りを照らす太陽は柔らかな日差しを惜しげもなく降らせ、身体を暖めてくれる。
ディーノ達もそうだ。綺麗な笑顔を見る度に幸せになれる。力強い腕に抱き締めてもらえば心ごと暖かくなる。
そして匂いを嗅ぐ度に、泣きたくなる程の愛しさが胸に満ちるのだ。
ディーノ達に会うまで知らなかった気持ち。彼らが生まれて来てくれたから恭弥はそれを知る事が出来た。
彼らが生まれて来てくれなかったら彼らに出会う事もなく、今頃まだあの店の薄暗い一角で膝を抱えていたかもしれない。

祝う事が出来ないのなら、せめて感謝の気持ちを伝えたい。
生まれて来てくれてありがとう、と。
二人に出会えたお陰で自分は幸せになれたのだと、そうきちんと伝えたい。

「プレゼント……」

リボーンが取り寄せた大輪の花達。大切な人への贈り物だと彼は言った。
自分もディーノ達に心からの贈り物をしたい。自分の気持ちを乗せた贈り物を。
でも現金を持つ習慣のない自分では、花一輪すら贈れない。
しかも今は冬だ。見渡してみても野の花ひとつ咲いていなかった。

「ピイ」

落ち込みかけた時、頭上で可憐な鳴き声が響いた。
小さな羽を懸命に羽ばたかせる黄色い小鳥が恭弥の前に舞い降りる。嘴には身体程ある葉を咥えていた。
大事な友達であるこの小鳥は、時々こうして葉や草を持って来る。恭弥へのお土産のつもりらしい。

「綺麗な葉っぱだね。ありがとう」

礼の代わりに指先で小さな頭を撫でると、小鳥は嬉しそうに何度も鳴いて羽を震わせた。
やがて恭弥の肩や頭に飛び移り好き勝手に遊び始めた小鳥を適当にあやしながら、恭弥は手にした葉をじっと見つめる。
どこにでもある木の葉だ。でも、恭弥の好きなこの公園の匂いがする特別な葉でもある。
何より、小さな身体で恭弥の為に運んでくれたのだ。嬉しくない筈がない。

「あ……」

ふと思い付いて恭弥は辺りを見回した。
前後左右、どこを見ても途切れる事なく緑が広がっている。

「ねえ。手伝ってくれる」

恭弥は、曲げた人差し指に飛び移って来た友達に声を掛けた。
すぐさま、ピイ、と了承の鳴き声が晴れた空に響き渡った。




はあはあと息を弾ませて、恭弥は自宅への道のりを駆ける。
心地よく地上を照らしてくれた太陽は、もうない。今はとっぷり日も暮れて、視界の端に街灯や店のネオンが瞬いている。
猫の遺伝子を持つ恭弥にとって暗闇など何の障害にもならない。瞬きひとつで昼間と変わらず周囲を見渡す事が出来るのだ。
けれど過保護な飼い主達は遅くなるとすぐに心配するからいつもは日が落ちる前に帰宅していたのだが、今日はつい探し物に熱中し過ぎて気が付いたら辺りは薄闇に包まれていたのだ。

「ただいま……」

「恭弥!」

恐る恐る玄関のドアを開けるとすぐに、上着に身を包んだディーノが飛び出して来た。

「てめ、こんな時間までどこ行ってた!リボーンに電話してもすぐ帰ったって言うし近所探しに行ってもいねえし、俺達がどれだけ心配したと思ってんだ!」

大声で叱りつけるディーノの後ろには、同じように上着を着用したもうひとりの飼い主の姿がある。
険しい顔をして、それでも安堵したように息をつく姿に、恭弥の胸は鷲掴みにでもされたみたいに痛んだ。

「ごめんなさい……」

「連絡くらい入れろ。心配したんだぞ」

「うん……」

ぽん、と頭の上に乗せられた大きな掌。でもいつもの暖かさはそこにはない。
きっとこの寒い中あちこち探してくれたのだろう。掌や触れた上着が冷たくて、悲しくなる。

「うわ、恭弥、お前すっかり冷えてんじゃねーか!早く来い!風呂だ風呂!」

「沸かすまで毛布被って暖房に当たってろ」

腕を掴まれ家の中に連行された恭弥はリビングに到達するや否や二人の上着を引っ張って、彼らの意識を向けた。

「んだよ」

ずっと握り締めたままだった手をディーノ達に広げてみせた。
恭弥の掌には、小さな四つ葉のクローバーがひとつだけ乗っていた。

「これ、二人にあげる」

「え?」

「この間、誕生日だったんだろ。だから」

幸運を告げる可憐な草。
何も持たない自分だけど、どうしても彼らに幸せを贈りたかった。
二人が生まれて来てくれて嬉しいのだと伝えたかった。
本当はふたつ見付けたくて、小鳥に捜索を手伝ってもらう一方自分でも地面に這いつくばり目を皿のようにして探したのだけど、結局これしか見付からなかったのだ。

中途半端な贈り物。半人前の自分みたいで嫌になる。
でもこれが、今の自分にとって精一杯の贈り物。

「あなた達がどう思っていても、僕はあなた達が生まれて来てくれて嬉しい。あなた達に出会えた事がすごく嬉しいよ。生まれて来てくれてありがとう」

おめでとう、とは言ってはいけないかもしれない。
だから恭弥は何度もありがとうを繰り返す。上手く言葉に出来ない気持ちごと伝えるように。
けれど二人のディーノは怪訝な顔をして何やら考え込んでいるようだ。
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