リクエストSS
□冬の暖かい日
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今年の冬は殊の外寒いと雲雀は思う。事実、北国でもないのに氷点下を記録したり、交通機関が麻痺する程の大雪が降った事もあった。
だから、寒いという感覚は間違っていない筈だ。
けれど自身が感じている寒さと、他者が感じるそれに幾分差があるような気がしなくもない。
「ヒバリ、お前も雪合戦しねーか?」
もみじのような可愛らしい手で雪玉を作るリボーンが、開け放した窓の桟に腰掛けて雲雀を誘う。
下を見ると遠目に草食動物達が、楽しそうにまだ溶けきらない雪と戯れる姿が見えた。
「群れるのも寒いのも嫌いだからやめておくよ」
「群れはともかく今日は暖かい方だろ。見ろ、日向は雪が溶けちまってる」
確かにグラウンドを覆っていた雪の大部分は溶け、残るのは日陰に積もった部分だけだ。
「暖かそうなもんしてるじゃねえか。今日の気温なら、上着がなくてもそれだけで十分だろ」
小さな指でちょいちょいと突かれたのは雲雀の首元。
落ち着いた色合いのマフラーは手触りこそいいが、暖かいとはお世辞にも思えない。
「暖かくないよ。きっと不良品だね」
「そりゃ残念だな」
「もしくは風邪でもひいてるのかもしれないね。冬になってからずっと寒くて仕方がない」
「暖房が足りてねーんじゃねえか?」
「自宅も応接室も完備してるよ」
「お前に合う暖房じゃねーんだろ。手配しといた暖房がもうすぐ空輸されて来るからそれ使え。きっともう寒くねえぞ」
それは何かと問おうとしたが、リボーンはするりと窓から身を踊らせ、雪合戦の輪に飛び込んで行った。
途端、その輪から尋常ではない悲鳴が上がったが、リボーンの管轄下にあるのなら彼らが何をしようと雲雀には関係なかった。
路面の端。塀の上。至る所に雪は残っている。
掌で掬って固めてみると指先はじんわり赤味を帯びたが、冷たくはなかった。
こんなに寒いのに不思議な事だと、雲雀は素手のまま、固めた雪玉に更に雪を纏わせる。
「こら!素手で雪掴んだら冷たいだろ!寒いだろ!」
雪玉がそれなりの大きさになった頃、背後で大声が響いた。
冬になってから一度も聞いていない声だった。
「わー!こら!指真っ赤じゃねえか!」
突然現れたディーノは雲雀の両手を取ると、マシンガンのように小言を言い始める。
こういう保護者然としたところを始め、彼の嫌いな部分なら10でも20でも即座に上げられると言うものだ。
冬になってからというもの彼は多忙を理由に、来日はおろか電話のひとつもして来なかったから、姿を見る事も声を聞く事もなく、それはもう平和な毎日を送っていたというのに。
いきなりうるさい日常が戻って来たようで、雲雀は大きく息を付いた。
「あ、でも、ちゃんと俺が送ったマフラーはしてんだな。よしよし」
「これ不良品だよ。ちっとも暖かくない」
「んな訳ねえ!カシミヤだぞ!そんでもって超高級品なんだぞ!」
「そうなんだから仕方ないだろ。もういらない」
「てっ」
外したマフラーをディーノの顔面目掛けて投げ付ける。ついでに、作ったばかりの雪玉も。
首元に風が吹き込むようになったけれど、不思議とさっきまでの寒さは感じなくなっていた。
着けていても寒いだけならともかく、外すと暖かいマフラーなんて不良品にも程がある。
「うわ。お前の体温移ってるからかな。すっげー暖かい。ほっかほか」
なのにディーノはそれを、さも暖かそうに首に巻くのだから解せない。
「何しに来たの」
「仕事の目処がついた頃リボーンに呼ばれたんだよ。出来るだけ早く来いって」
「何の用」
「知らね。さっき電話したら雪合戦で忙しいから邪魔すんなって言われた。だったら恭弥のとこ行くしかねえだろ」
「どうして」
「だって俺恭弥に会いたくて来てんだもん。リボーンの用事はついでなの」
へへ、と笑ってディーノが手を伸ばしてきた。
すぐに雲雀の身体は彼の腕に抱き込まれ、件のマフラーが頬に当たった。
(何だこれ)
暖かいなんて一度も思わなかったマフラーが、今はやけに暖かい。
それだけではなく、背を抱く腕や顔を埋めた胸までもが暖房に当たっているかのようにポカポカして気持ちがいい。
イタリアから空輸された暖房器具。リボーンの言葉を今更ながらに理解した。
肩の力を抜き素直に身を預けると、それまで以上の強さで抱き締められた。
鬱陶しいし苦しいのに、どうしてだかもっとこうしていたくなって、小さく鳴らした鼻を擦り付ける。
「冬になってから急に周りがバタついてさ。電話すら出来なくてごめんな。寂しかったか?」
「そんな事ある訳ないだろ」
彼の不在が寂しい訳がない。
あまりにも彼が暑苦しくて、暑苦しい身体がそこにあるのが当たり前になっていて、それがなくなったから風通しがよすぎて快適を通り越して寒かっただけだ。
ただそれだけの事だ。
「暖房は冬にこそあるべきだよ」
「あ?ああ、うん、そだな。そうだけど、何?」
「……何でもないよ」
「え?あ?恭弥?」
「うるさい」
両手を広い背中に回すと身体がより密着する。上着越しでも伝わる彼の熱と匂い。
(これが欲しかったのかな)
赤くなった鼻をくん、と鳴らすと、所在無さげに動いていた二本の腕が雲雀の背を優しく抱いた。
そこにも温もりが生じた気がする。
冷えていた身体は心ごと暖まり、もう寒くはなかった。
2014.02.23