リクエストSS

□太陽の道
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暮れなずむ夕刻。
高くにあった陽は落ちて、最後の力を振り絞るように橙色の輝きを辺り一面に届けている。もう半刻もすればその輝きは薄闇に飲まれてしまうのだろう。
没する最後の時に一際美しい光を放つ様は、恐らく、生きとし生けるもの全てに与えられた特権。

ならば、人間はどうなのだろう。

西日が眩しくて、雲雀は白い指を持ち上げる。
瞳の前に翳した手越しに、自分達を遠巻きに見つめる大勢の人たちの姿が見えたが、そのどれもが憧憬の眼差しを向けているから、誰とも視線を合わせぬようそっと瞳を伏せた。

花魁道中と呼ばれるそぞろ歩きに群がる人々は、いつも口々に雲雀を美しいと誉めそやす。

(どこが)

それが耳に入る度、雲雀は自嘲の笑みを浮かべる。
どれだけ着飾り装っても、本質までは覆い隠せない。
見る人が見ればきっと、自分がいかに汚いかすぐに分かるだろうに。

風に揺れる木々の間から、赤味を増した橙色の光が零れる。
夜の帳に覆われる前の、最後の輝き。
雲雀の瞳にそれとは異なる輝きが映ったのは、風に乱れた着物の裾を直して顔を上げた、まさにその時。

暖色の陽の光に照らされて淡く輝くのは、けぶるような金糸の髪。
ふわりと風に揺れる様は、まるで燐光が舞うようで。
遠目故に瞳の色はよく分からなかった。それでも、輝く髪の色や辺りを覆う陽の光を溶かし込んだ色味は見て取れた。
視線が交差したのは、きっとほんの一瞬。足を止めたのも。
けれどその男の姿はその一瞬で雲雀の目に焼きついてしまった。
まるで、強い日差しが作る残像のように。

恋に落ちた瞬間だったのだと、後に雲雀はそう思う。
そしてそれは、後にも先にもただ一度きりだと言う事もまた分かっていた。







多くの遊女屋が集う並盛遊郭の中でも、浅蜊楼は抱える遊女の数も質も群を抜いている。
楼内に身を寄せる雲雀は幼少時より美貌と知性を兼ね備え、長じるに従って芸事や武道にも精通し、今では花魁の位を得ていた。
さほど広くも華美でもないが居心地良く静かな離れで書物に目を落としていた雲雀は、障子から差し込む陽の光に紙を繰る指を止めた。
明るい光にあの時の男を思い出してしまい、雲雀は小さく溜息をつく。

この町は昔から各地の交易地になっており、商売が盛んだ。
今では舶来品も店先に上り、それらを扱う貿易商も少なくはない。
それ故外国人の姿は珍しくもなく、遊郭にだってその姿はある。雲雀とて金髪の外国人など幾度となく見かけたものだ。
けれど彼らは一人として雲雀の記憶に残る事はなかったし、こうして思い煩う事もなかったのに。

(どうかしてる)

頭を切り替え再度書物を読み進めるも、目は活字を追うだけで何ひとつ頭に入らない。
諦めて雲雀は文机の横に寝転がった。

雲雀は幼少の頃からこの楼内で育った。にも関わらず、雲雀は他者と群れる事を嫌う。
そんな気性に理解を示した主人の取り計らいにより、花魁の位を得た雲雀に与えられたのがこの離れだ。
広くはないが一人で住まうには十分だし、他の人間も雲雀の気性を分かっているから用事がなければ近付かない。
静かな自分一人の空間は、何よりも心穏やかにしてくれるものだった。

今までは。

再び物思いの淵に沈みそうになる意識を引き上げたのは、軽快な羽ばたきの音を上げて飛び込んで来た黄色い小鳥。
嘴には畳まれた紙片を咥えている。

「ご苦労さま」

雲雀の指に止まった小鳥はしばし羽を繕った後、小さく鳴いて飛び立った。
紙片の中身は見ずとも知れた。座敷への呼び出しだ。
雲雀は立ち上がり、誰の手も借りずに着替えを始める。
群れ同様、他者の手で世話をされる事が嫌いなのだ。

陽に翳りが見られる頃、大勢の人々で賑わう通りを禿や新造を従えて雲雀はそぞろ歩く。
先般の道中、あの男を見かけた小路で無意識に彼の姿を探す自分をいささか腹立たしく思うが、瞳は心を裏切って金色の光を求めて彷徨う。
だがそう都合よく見つかる筈もなく、意図せず覚えた小さな落胆と共に、雲雀は到着した揚屋の門をくぐった。
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