リクエストSS
□pursue
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「あの子を庇ってくれたんだな」
途端、雲雀は苦虫を噛み潰したような顔になる。
不機嫌極まりない表情は、足首の故障を言い当てられた以上のものだった。
「あのままお前が跳躍してたら、お前目掛けて打ち込まれた多数の弾丸はそのまま店に隠れてたあの子を屠った。それに気付いて咄嗟にあの子を庇ってくれたんだろ」
雲雀が悔しげに唇を引き結ぶのは、ディーノの指摘が事実だったから。
右足に力を溜めて跳ぶ寸前で、倒れたテーブルの影から顔を出した子供を見つけた。
咄嗟の事で上手く慣性を流す事も足首を庇う事も出来なかったから、傍目にはきっと無様に映った事だろう。
「ありがとな」
「別に、あの子を助けようと思った訳じゃない」
勿論それは照れ隠しの言い訳だが、子供を庇った本当の理由は目の前で跪く男の為だった。
マフィアのボスとしては優しすぎるこの男は、自分以外の誰かが傷付く事をひどく気に病む。
それが自分のせいなら尚の事だ。
あのまま子供を見捨てても、きっとディーノは雲雀を責めない。
その代わり、ディーノ自身を責めるのだ。
それが分かっていたから、雲雀は身を挺して子供を守った。
これ以上、ディーノが自分を責めなくて済むように。
自分を嫌いにならなくて済むように。
けれどそんな事は絶対に言いたくないし、子供を守った事も気付かせないつもりだったのだ。
足首を痛めた事以上に。
「とりあえず応急処置は済んだ。お前も一緒に来い。ちゃんと手当てしてやるから」
「自分でするからいらないよ。あなたにはまだ後処理が残ってるだろ。大暴れして満足したから僕は帰る」
「お前なあ……まあいいか。お前のお陰で助かった。今度埋め合わせする」
「そうしてくれると嬉しいね」
周囲に集まる部下達に身柄を拘束した敵方の扱いを指示する姿は、冷徹なマフィアのボスそのものだった。
「……敵わないな、あなたには」
「あ?何か言ったか?」
「何も」
朗らかで弱者に優しく、シマの人達全員から慕われるディーノ。
けれどその顔の下に、彼らに害を成すものには報復も辞さず冷酷な手段に訴える事も出来るマフィアの顔も持っている。
瞬時に顔を使い分ける事の出来る姿は自分にはないもの。
まだディーノは自分の先を歩いていると思い知る瞬間だった。
追いつけそうで、追いつけない距離。
それでも、決して悪い気はしない。
咬み殺し甲斐のある相手の方が、追っていて楽しいに決まっているのだから。
雲雀はディーノに背を向けて歩き出す。
財団施設に戻ったら、すぐにまたキャバッローネの周辺を探ろう。
またこんな楽しい事があるかもしれない。
その為にも、痛めた足首を一刻も早く完治させなければ。
近い将来の『遊び』を思い描いて、雲雀は薄く口端を上げた。
2012.07.20