リクエストSS
□おやすみ。また明日
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雲雀が夜中にふと目を覚ます時は、寝入った時と何かが変わっている時だ。
半ば夢現で伸ばした手は、虚しくシーツの上を泳ぐのみ。
自分を、まるで抱き込むようにして眠っていた男の姿がない事に、雲雀は目覚めた理由を悟る。
自分よりも高いディーノの体温は心地良く、ひとたびそれに包まれて眠り込めば朝まで目覚める事はない。
筈だった。
ベッドサイドのランプを灯しても、室内にディーノの姿は見つけられない。
耳を澄ませてもバスルームを使っている気配はなかったが、その代わり小さな物音が聞こえて来た。
周りを見渡してみると、隣室へと続くドアの隙間から明かりが漏れている。
物音は隣室から聞こえるようだった。
自分を寝かしつけておいて仕事でもしているのかと、今までの経験に基づく予想を胸に雲雀はベッドを抜け出した。
どんな理由がディーノにあろうと、自分の眠りを妨げたのはディーノなのだ。
ディーノがちゃんと隣にいたら、こんな風に目を覚ます事はなかったのだから。
ならば文句の一言くらい言っても構わない筈だ。
床に落とされたディーノのシャツを羽織り、雲雀は隣室へ踏み込んだ。
けれどそこに広がる光景は、雲雀の予想とはまるで異なるものだった。
「こーら、がっつくな。どんだけ腹減ってたんだお前ら」
「キュー!キュキュ」
「ボロボロ零れてんぞ。ちょっとずつ食え。ほれ」
「ヤダ。モット」
「うっわ、それエッチの時の恭弥の台詞。いつどこで聞いてたお前」
「ちょっと」
何やら聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして、雲雀は慌てて声を掛ける。
あ?と間の抜けた声を出して振り向いたディーノは、膝の上に二体の小動物を乗せていた。
「わり、うるさかった?起こしちまった?」
「何してるの」
「こいつら小腹すかせて起きちまったみたいで、水取りに来た俺の顔見るなり襲い掛かってきやがった」
ディーノの膝上にちんまりと乗っているのは、黄色い小鳥と紫色のハリネズミ。
ディーノの手にはそれぞれの餌入れが握られている。
食物の供給が途切れた事への抗議のつもりか、一羽と一匹はピーピーキューキューと喚き出した。
「だーめ、もう終わり。ホントは夜中にメシ食ったら消化にわりーんだぞ。また明日な」
小動物を膝上から掌に移動させ、ディーノは顔の前に持って来る。
「ぐっすり寝て、明日またいっぱい遊んでいっぱい動いて、そんでいっぱい食おうな。おやすみ」
ちゅ、と音を立ててディーノはヒバードの頭とロールの鼻先にキスを落とす。
指先で丁寧に毛並みを整え撫でてやると、優しい動きにつられたかはたまた胃が満たされたせいか、一羽と一匹はあっと言う間に眠り込んだ。
「ちゃんと晩ご飯あげたのに。意地汚い子達だ」
「そう言うなって。そんな時もあんだろ」
「膝の上汚れてる」
「あいつらボロボロ零しながらがっつくんだもんなー」
「あなたみたいだね」
「あれ?ペットは飼い主に似るんじゃねえの?俺飼い主じゃねえし」
「僕の行儀が悪いとでも?」
「そうじゃないから不思議だよな」
「あなたの亀は?」
「あそこ」
ディーノが指差したのは、チェスト上のバスケット。中に小さなクッションを敷き詰めたそれは、ペット達の寝床だ。
「こいつらピーピーキューキュー鳴いて、仕舞いにはエンツィオ踏みつけて中から出て来たのに、あいつ全然動じないで寝てんだぜ。大物だよな」
ひとしきり笑うとディーノは手の中で眠る小動物達を、バスケットの中で同じように眠るエンツィオの隣にそっと差し入れた。
「んで?お前はどした?お前もこいつらみたいに腹減った?」
慈愛に満ちた瞳を細めて彼らを指であやしていたディーノが、冗談じみた言葉を掛ける。
「似たようなものかな」
「え?う、わ」
ディーノが上擦ったおかしな声を上げるのも無理はない。
前触れもなく雲雀が抱きついてきたのだから、それは仕方のない事だろう。
「恭弥?」
訝しげなディーノを完全無視して、雲雀は顔を埋めたディーノの胸に鼻先を擦り付ける。
ディーノの匂いと体温。
さっきまで包まれていたもの。
なくなると目が覚めてしまうもの。
「どした?」
「別に」
「俺がいなかったから寂しくなっちまった?」
「そんなんじゃないよ……」
そんな事を言うくせに、雲雀の手はぎゅうとディーノの背を抱き締める。
「ごめんな」
ディーノの指が雲雀の顎に掛かる。
動きにつられて顔を上げると形の良い唇が近付いてくる。
髪をかき上げ撫でる指の動きと、顔中に押し当てられる温かい唇。
ペット達をあやしていた指と唇が自分の元に戻って来た。
優しい動きは穏やかな眠りを誘う。
彼らがすぐに寝入ったのはこのせいか、と納得し、雲雀は目を閉じる。
視界を遮断し、ディーノの温もりと感触だけを感じていると睡魔はどんどん侵食してきた。
「恭弥眠そう。部屋戻って寝ような」
「ん……」
ふわりと宙に浮くような錯覚。
ディーノに抱き上げられたのだと頭のどこかで理解したが、分かったのはそこまでだった。
「ねえ」
「ん?」
「やっぱりペットは飼い主に似るんだよ」
「そっか?」
「うん」
ディーノに寝かしつけられた彼ら同様、雲雀も再び優しい眠りに身を任せる。
目覚める前と全く変わらない、自分を抱き込む温かな身体を強く抱き締めたまま。
2012.07.07