リクエストSS

□世界で一番君が好き
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気の置けない友人達と馬鹿騒ぎをしながら酒を飲むのは単純に楽しい。
その時ばかりは、常にディーノを悩ませる弟の事を一時頭から追いやって笑う事も出来た。

逃避の一環でいつになく酒量が増えたせいか、ふわふわとした心地は深夜に帰宅してもまだ継続していた。
この分だと今夜はぐっすり眠れそうだ。
ただ、帰宅が遅かったせいか恭弥は既に寝てしまい、顔を見る事が出来なかったのだけが寂しかった。
いつもは距離を置き時には避けているくせに我ながら身勝手だと思いもするが、やはり最愛の弟の顔を見られないのは寂しい。

せめて夢で会えればいいと、ディーノはまだアルコールでふわついた気分のままベッドに横たわった。






成長は自分の方が先だった。
血筋のせいか、成長期に入るとぐんと背は伸び、一時期恭弥との身長差はかなりのものになった。
背伸びをして、小さな身体で一生懸命自分に近付こうとする弟が可愛くて仕方がない。
抱き上げると少し悔しそうに、それでもやっぱり嬉しそうにしがみつく様も同様で。

小さな可愛い恭弥は、抱き締める腕の中で十五歳の姿に変わる。
柔らかで頼りなかった子供の身体はしなやかで強靭なものに変わり、けれどやはり細くて強く抱き締めたら壊れてしまいそうだった。

「壊れないよ」

思いを読んだように夢の中の恭弥は告げる。
恐る恐る腕に力をこめると、同じだけの強さで抱き返してくれたのが嬉しかった。
嬉しくて、愛しくて、溢れる思いのままに口付ける。

触れるだけのキスなら何度もした。この家では挨拶とキスは同義語だから。
けれどこんな風に、恋人にするような深いキスはした事がない。
絡めた舌先は蕩けるように柔らかかったから、ディーノは夢中になって貪った。
弾力のある唇も、熱い口内も、溢れる唾液も何もかも甘く、幾度も角度を変え深さを増しながら、ディーノは恭弥との口付けに溺れた。

やがてディーノは胸に、とん、と小さな衝撃を覚えた。
幸せな夢に遊ばせていた意識は、二度、三度と繰り返されるそれに引き上げられ鮮明になる。
僅かな息苦しさと再び胸を打つ衝撃に瞼を上げると、今度は背中にも同じ衝撃を受けた。
腕の中では何かがしきりと蠢いている感覚もある。

「は……っ……」

理由の分からない息苦しさから逃れる為に口を開き息をすると、同じように息をつく気配がある。

(え……?)

誰かを腕に抱き締めているのだと理解し、覚醒したディーノは咄嗟に身を離す。

「きょう……や……?」

伸ばした指で点けた明かりに照らされたのは、夢の中で抱き合っていた愛しい弟。
だがその顔は、今まで見た事のないものだった。

揺れる瞳は涙の膜で覆われ、目尻には今にも零れそうな雫が留まっている。
苦しげに息をつく唇は不自然に赤く濡れていて、まるで激しい口付けを交わしていたかのように見えた。

(違う)

よう、ではない。恭弥は今の今まで口付けを交わしていたのだ。
夢だと思い貪るように激しく口内を犯す兄と。

恭弥の胸の上で、握った拳が震えている。
自分の胸や背を叩いていたのはこれだろう。

「ディ……ノ……」

吸われ、痺れ、縺れた舌でたどたどしく紡がれる自分の名。
それを聞きとめた瞬間ディーノは弾かれたように身を起こした。

夢の中、自分は何をしていた?
弟に、何を。

幾度も繰り返し味わった甘い唇。
衝動をぶつけるように強く抱き締めた細い肢体。

けれどそれは夢ではなくて。

「恭弥!」

解放された身体はするりとベッドを降りて駆け出した。
今まで何度部屋に戻るように諭しても一度だって言う事を聞かなかったのに、ディーノが言葉を掛けるより先に恭弥はディーノに背を向けて逃げるように部屋を出て行ってしまった。

「やっちまった……」

静寂の戻った部屋でディーノは一人座り込む。
弟が向けてくれていた信頼を一瞬で壊してしまった。

子供の頃、恭弥のおやつを床に落として駄目にした時も、躓いた自分の巻き添えになって一緒に転んだ時も、二人揃って迷子になった時も、恭弥は泣きも怒りもせず自分を許してくれた。

けれど今は違う。
情欲に駆られた口付け。あんなもの、潔癖なあの子が許す筈がない。
組み敷かれたあの子は目に涙を浮かべて震えていたではないか。

自分の身体の下で、恭弥はどんな思いで唇を汚されたのだろう。
自分はどんな顔を恭弥に晒していたのだろう。
きっと欲情しきった雄の顔をしていたに違いない。

吐き気を感じ覆った口元は、口付けの余韻か、いまだ熱を持っている気がした。
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