リクエストSS

□世界で一番君が好き
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一日の内、一番気温の低い明け方は温もりが恋しくなる。
だからディーノはまだ半分眠ったままの頭で、腕の中に生まれた温もりを無意識に抱き寄せた。
あまりの心地良さに再び寝入ってしまいそうになるディーノの意識を引き上げたのは、口元に当たるサラサラとした感触と落ち着きのいい場所を探しているかのような腕の中の動き。

「ん……?」

薄く瞼を上げた瞳が映したのは漆黒の髪。
そして、その髪を持つ人間の姿。

「恭弥!」

現状を認識するや否やディーノは飛び起き布団を跳ね上げる。

「寒い」

ディーノのベッドの上に転がって不機嫌そうに鼻の上に皺を寄せるのは、七つ年下の弟。

「あったかいの、返して」

恭弥はどかされた布団のみならず兄の身体も抱き締めて再び目を閉じた。

「こら!寝るなら自分の部屋で寝ろ!毎朝毎朝入ってくんな!」

「やだ。二人で寝た方があったかい」

「もう子供じゃないんだから駄目!」

「僕はいつでも好きな年齢だよ」

「こら――っ!」

身体を引き剥がす事には成功したが、再び健やかな寝息を立てて寝入ってしまった弟を叩き起こして部屋に帰す事は出来ず、アラームが時を告げるまでディーノは毛布に身を包み床の上で座り込む羽目になった。





大学生の一日は始まりが遅い。
父も弟もとうに出掛けた時間になってようやくディーノは食卓についた。

「眠そうだね」

「恭弥が寝かしてくんねーからな」

あえて誤解を招きそうな言葉を選びディーノは母親の前に座ってコーヒーを啜る。
どうせ自分の気持ちなど知られているのだ。今更隠す事もない。

だからと言って

「まだ手を出してないの」

などと言う言葉を平然と受け流す事も出来ず、ディーノは熱いコーヒーを噴出す羽目になる。



小さな頃からディーノは弟が大好きだった。
七つも年下の弟は自分の目から見てもとても小さくて、守ってやらなければいけない気持ちになったものだ。
あまり感情を表に出さない弟がたまに見せてくれる小さな笑顔が、まるで宝物のようで、その度に嬉しくて誇らしくてくすぐったいけど幸せになれた。

大好きな大好きな恭弥。
その気持ちが少しずつ変わっていったのはいつからだっただろう。

小さかった弟は成長しても自分より小さいまま。
すっぽり腕の中に包んでしまえる華奢な身体に挨拶のハグをする度胸が高鳴るようになった時、昔と変わらず触れてくる弟を意識してしまい頬が赤らむようになった。
十五歳になった弟はまだ子供だが、仕草の端々に色気を感じてしまって仕方がない。
そう見えてしまうのはきっと、自分の側の問題。
何故なら、弟へと向かう好意は親愛ではなく恋情に変わってしまったから。

けれど恭弥の意識は昔のまま変わらない。
だからこそ挨拶のハグやキスも普通に交わすし、甘えて抱きついては膝の上に乗ってくる。
あまつさえ一緒に寝たがり、拒否をしても気付けばベッドに侵入して隣で眠り込んでいる。

昔と変わらぬ真っ直ぐな愛情を受け止める事は、弟に欲情する今の自分にとって難しい事この上なかった。

「なー……部屋に鍵」

「つけないよ」

ディーノは零したコーヒーの始末をしながらも、もう何度と無く打診した案件を口にするが、全てを言い終える前にあっさり却下される。

「家族しか入らないのに、そんな他人行儀な事する必要はない」

「その家族に何かあってからじゃ遅いっつーの。俺が恭弥に何かする前に打てる手は打とうって話」

「君は、嫌がるあの子を無理矢理どうこうするつもり?」

「する気はねーししたくもねーよ。けどぶっ飛んでる時はどうなるか分かんねーじゃねーか」

男の性衝動の獰猛さはまさに獣と言ってもいい。
まだ二十歳を幾つか過ぎただけの身ではそれに抗いきれるかどうか怪しく、事実、必死に繋ぎ止めている理性の糸は擦り切れる寸前なのだ。
その糸が切れた時、自分は弟に何をするか分からない。

「君はそんな事しないよ」

けれど母親は杞憂だと鼻で笑い飛ばす。

「昔から君はあの子の事を一番に考えてた。いつだってあの子の為に一生懸命だった。その君があの子を傷付ける筈がない。万が一そうなりかけたって、あの子が大人しく襲われてくれる筈ないだろ」

見た目に反して恭弥は強い。
ディーノにとっては可愛らしい仔猫にしか思えないのだが、通っている中学校では最凶の不良と恐れられ、恭弥と一緒に町を歩くと、見るからに堅気ではありえないいかつい男達が揃って恭弥に頭を下げる場面に遭遇した。

恭弥が本気で抵抗したらきっと自分だって敵わない。
その事実に少しだけ安心してディーノは席を立つ。

「んじゃ、行って来ます」

「夕食は?」

「飲みに行くからいらねー」

そして今日もディーノは溜息と共に家を出る。
見上げた空は、憂鬱な程澄んだ青空だった。
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