リクエストSS

□幸せな日常
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「いいか、包丁は俺がやる通りに動かせよ」

「鬱陶しいんだけど」

「我慢しろ。これが嫌だってんなら何もさせねーぞ」

恭弥が文句をつけたのは、背後にべったり張り付き恭弥の右手と左手を後ろから握るディーノに対して。

「俺らの言う事聞く約束だろ」

その横では救急セットを配備したもう一人の飼い主が、いつ何があってもいいようにスタンバっている。
過保護すぎる二人の飼い主に恭弥は溜息をつくが、一度怪我をしたのは事実なだけに何も言えない。

「左手丸めて。包丁は振り下ろすんじゃなくて押すように切る事」

「テレビではすごいスピードでざかざか切ってた」

「包丁触った事のない奴に一足飛びで熟練の技が身につく訳ねえだろ。お前にはまだ早い」

「ゆっくりな。焦んなよ。ちょっとずつでいいからな」

「言い方エロいぞ」

「お前に言われたくねえよ」

「ねえ、腰に何か当たってるんだけど」

「エプロン姿のお前に後ろから覆い被さって欲情しない筈がないだろ。裸エプロンでキッチンプレイは男の夢だ」

「恭弥服着てんだろうが!時と場合弁えておっ勃てろ!」

「裸エプロンて何?」

「知らねえ?じゃあ後で実践で教えてやるな」

「うん」

「うん、じゃねえよ。何でもかんでも兄貴の言う事聞くんじゃねえ」

こんな調子で、時に殺伐と、時に和やかに調理は進んだ。
恭弥にとっては二人の指示を守って切る事が大事で、切った食材がどんな形になっているかは二の次だった。
飼い主達も同様で、大事なのは恭弥が怪我をしないように、火傷をしないように、それだけだった。

その結果出来上がったのは、子供の手伝いとしては定番のカレー。
恭弥が切った肉や野菜は大きさも不揃いで不恰好だった。
更に、細かい事を嫌う恭弥が味付け用の各種調味料を手掴みで景気よく投入したせいで、かなり濃い味付けになっている。
大雑把な男の料理そのものの一品だが、意外と恭弥の食の進みは早い。
薄味の和食をいつも好んでいたから恭弥の口には塩辛いかと思われたが、どうやらジャンクな食品も好むようだ。

まだ知らなかった一面を垣間見る事は、いつになっても嬉しいもの。
恭弥を労い、褒めてやりながら、飼い主二人もそれぞれ食事を進めた。

夕食の後、後片付けを始めようとする飼い主達を追いかけて、恭弥がキッチンに顔を出した。

「お前は休んでていいぞ」

「恭弥が作ってくれたから、後片付けは俺らでやるよ」

けれど恭弥は物言いたげな顔でなかなか立ち去ろうとしない。

「どした?」

洗い物を兄に任せ、ディーノは身体を屈めて恭弥と視線を合わせる。

「もう痛くないよ」

差し出されたのは、包帯で覆われた左手の人差し指。

「平気」

「そっか」

「だから、笑ってよ」

眉間と鼻の頭に皺を寄せる。恭弥のその表情は、怒っているのではなくて拗ねている時のそれだ。

「ご飯食べてる時も全然笑ってくれないし、褒めてくれなかった」

「え?俺笑ってたぞ。それに、ちゃんと褒めたじゃん」

「……いつもみたいに笑ってくれない。美味しいって言ってくれなかった」

「あー……」

言われてみれば、恭弥の怪我が気がかりでいつもみたいな楽しげな顔はしていなかったかもしれない。
場の空気を壊さないように作った笑顔で終始恭弥を労っていたけれど、調理そのものの話に終始しすぎて、一番大事な事を伝えていなかった。

「恭弥」

ディーノは、すっかりしょげてしまった恭弥を柔らかく胸に抱き込んだ。

「すっげー美味かった。今まで食べた料理の中で一番美味い」

「嘘っぽい」

「ホントだって。お前が俺らの為に作ってくれたもんが美味くない筈ないだろ。ありがとな。ごちそうさまでした」

「ふん」

恭弥は不機嫌そうに鼻を鳴らして、そのくせ額をディーノの胸に擦り付けて甘えてくる。

「情けない飼い主でごめんな」

「ホントだよ」

ディーノは優しすぎるくらい優しいから、この怪我も自分のせいだと思っている事を恭弥は分かっている。
切った時は勿論痛かったけれど、悲痛な顔をするディーノを見た時、それ以上に胸が痛んだ。
ディーノにそんな顔をさせるくらいなら、小言みたいな注意も聞くし言われた通りにもする。

「そんなんじゃその内恭弥に愛想尽かされんぞ。なー恭弥、こんな情けない奴捨てて俺だけのペットにならねえ?」

「やだ」

「ひでー。即答かよ」

恭弥は洗い物を終えたディーノの申し出をあっさりと切り捨てるけれど、ディーノに堪えた様子は見受けられない。
ディーノだって恭弥の答えを分かって言っているのだから。

「僕は二人のペットだよ。バラバラになるのは嫌だ。一緒がいい」

片手ずつ、それぞれの飼い主の服を掴んで訴える。
兄は勿論、弟の顔にもいつもと変わらぬ笑顔が戻っていた。

「またご飯作る」

「それは嬉しいけど俺達がいる時だけな。今はまだ一人で調理道具触んな」

「今度の休みにはハンバーグ作ろうな」

「一番大きいのは僕のだよ」

「ああ。でっかいハンバーグ沢山作ろう」

「うん」

飼い主達の笑顔につられるように、恭弥も小さな笑顔を浮かべる。
飼い主達が嬉しいと恭弥も嬉しいし、飼い主達が悲しいと恭弥も悲しい。
以前そう告げたら自分達も同じだと言われた事を思い出した。

大好きなひとたちがずっと笑顔でいられるように。
悲しい顔なんてしなくてすむように。
この先も沢山の嬉しい事が集まるといいと思った。






2012.05.12
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