リクエストSS

□幸せな日常
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『恭弥が怪我をした』

勤務時間中、弟からそれだけ書かれたメールを受信したディーノは気が気ではなかった。
詳細を知りたくてもそれきり弟はメールをよこさないし、ディーノの方にはメールを打ったり電話をしたりする暇は、生憎とない。
猛スピードで仕事を片付けはやる気持ちを抱えて我が家に辿り着いたディーノを出迎えたのは、予想に反して怪我をした筈の恭弥だった。

「お前、怪我したんじゃなかったのか?」

帰宅の挨拶もそこそこに確認すると、恭弥は不機嫌そうに左手の人差し指を立てて見せる。
そこは、ぐるぐると巻きつけられた包帯に第二関節まで覆われていた。

「ちょっと切っただけなのに、大げさだよね」

「いや、ちょっとじゃねえし。肉の断面見えるくらいがっつり深く切ったじゃねえか。血もなかなか止まらなかったし」

背後から突っ込みを入れたのは、発端となるメールを送ってよこした弟。
聞くところによると恭弥は、今までした事がなかった料理をしてみたいと言い出して包丁片手に食材に向かったらしい。

「ちょっと手が滑る度に隣でぎゃーぎゃー叫ぶから気が散ったんだよ。あなた過保護すぎ」

「左手の指広げまくってガンガン音がするほど上から何度も包丁叩き付けてんの見りゃ誰だって止めんだろ。過保護とかの問題じゃねえ」

結局、弟のストップを意に介さず食材を惨殺し続けた恭弥が、お約束通り自分の指まで景気よく切りつけたと言う事らしい。
切り落とさなくて本当に良かった、としみじみと言う弟の言葉から、どれくらいの怪我だったのか何となく想像がついた。

「悪い。さっきようやく落ち着いたばっかでまだ晩飯の支度出来てねーんだ」

「構わねえよ。二人で作りゃすぐだろ。恭弥、お前は大人しくしてろよ」

「やだ。僕も作る」

「駄目。怪我人は引っ込んでなさい」

「もう治った」

「んな訳あるか」

ディーノが包帯に包まれた指を軽く弾くと、恭弥の顔が見る間に歪んだ。

「ほらみろ痛いくせに」

「痛くない。大丈夫だから。お願い」

「駄目ったら駄目」

恭弥の上目遣いによるお強請りには、兄弟どちらも弱い。それに加え、恭弥に甘過ぎる程甘い弟の方はどんな我が儘でも聞いて来たから、恭弥もお強請りの使い処を熟知している。
けれど今はそれが効かない。

弟が恭弥の頼みを突っ跳ねる程、恭弥が指を切った時の衝撃は大きく、その様は痛々しかったのだろう。
けれど恭弥はそんな飼い主の心情など分からずに、言う事を聞いてくれないディーノに不満を募らせている。
きっとこのままではどちらも折れず、平行線のままなのは明らかだった。

「ちゃんと言う事聞くなら手伝ってもいい」

「おい兄貴」

「その代わり、俺達二人と一緒だ。包丁や火器の使い方は必ず俺達の言う通りにする事。ちょっとでも言う事聞かなかったらそこで終わりだ。出来るか?」

「出来る」

「約束するか?」

「する」

「よし。んじゃエプロンつけて来い」

「うん」

とたとたと走り去る恭弥から弟に視線を移すと、苦虫を噛み潰したような顔で睨んでいる。

「鬱陶しいツラすんな。二人いりゃ何とかなるだろ」

「何とかならなかったらどうすんだよ。あの指、お前は大げさだって笑うかもしれねーけど、本当に深く切ったんだぞ。血だってどんどん溢れ出て全然止まらなくて」

「笑わねーよ」

同じ色合いの金髪をくしゃくしゃと掻き回して、ディーノは弟を慰める。

「けどあいつ元気そうだったし顔色だって悪くねえ。何かあっても、今度は俺もいるから大丈夫だ」

殊の他恭弥を可愛がっている弟が、側についていたのに恭弥に怪我をさせた事を悔いているのがディーノにはよく分かる。
怪我をした本人よりも痛そうな顔は決して他人事ではない。
何より弟は、その瞬間を目の当たりにしたのだ。

「ほら、お前も手洗って来い。俺達もだけど恭弥だって腹減ってんだろ」

その言葉にようやく思考が戻ったのか、弟は軽く頬を張り恭弥の後を追った。

(世話の焼ける奴……)

普段はおおらかで打たれ強いのに恭弥の事となると余裕が失せる弟は、成人していても自分から見ればまた大人になりきれていない。
どこか達観する癖のある自分がいて丁度いいバランスが取れているのだろう。

そんな違いを瞬時に見抜いてそれぞれに懐いてくれる可愛いペットの為に、ディーノは夕食の支度に取り掛かった。
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