リクエストSS
□VORTEX
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「ったくあの狸親父。いつまで人を拘束してくれんだっつの」
後部座席で文句を言い続ける上司をあしらいつつも、ロマーリオは殆ど同情の心持ちで車を走らせる。
折角の休日を仕事で潰されただけでも不憫なのに、その仕事相手は日付も変わった今の今まで食事だ酒だとディーノを連れ回してくれた。
「強く出れねーのをいい事に。あーくそ、流石にもう恭弥寝てるよなー」
「明日は一日家族サービスしてやれ。ほら、着いたぞ」
「おう。お前もお疲れさん。気をつけて帰れよ」
外から見た自宅はどの窓からも明かりが漏れていない。もう深夜なのだから当然だ。
静かにドアを開けて玄関に入ったディーノは、微かな違和感に眉を顰める。
真っ暗で静まり返った家。時間を考えればそれはおかしくない。
(何だ?)
暫く辺りを見回して、ディーノは違和感の正体に気付いた。
普段は出しっぱなしになっている恭弥の靴が無いのだ。
「恭弥?」
恭弥の自室はもぬけの殻だった。ベッドに寝た形跡すら無い。
ディーノの自室、バスルーム、リビングとことごとく空振りに終わり、最後に見たダイニングでテーブルに乗った一枚の紙を見つけた。
読み終わるとディーノは紙を握り締め、つい先程別れたばかりの部下を呼び出した。
「家出ってのはいくら何でも大げさだろう」
紙に書かれた文面を読んだロマーリオの感想がそれだった。
「そうかもしれねーけど、こんな時間に出掛けるなんて何もない訳がねえ」
置手紙の様に残された紙には
『出掛けてくる。今夜は帰らないけど心配しないで』
とだけ記されていた。
「心配しねえ訳ねえだろ」
「けど今時中学生だって夜通し遊ぶ事も珍しくねえぞ。確かに褒められた事じゃねえが、普段から勉強と家事を頑張ってんだ。たまに羽目外すくらい目を瞑ってやれよ」
「息抜きや遊びならいくらだってさせてやるさ。けどあいつにはこんな時間に付き合ってくれる友達なんかいねえ。一人で出掛けたに決まってんだ。どこで何してるか知らねえが、親として見過ごせる訳がねえ」
車は一路繁華街へと向かっていた。
他者と群れるのを嫌う恭弥が好き好んで大勢の集う場所へ行くとも思えなかったが、逆に盲点かもしれないと踏んでの事だ。
土曜の夜だからか、既に終電の無い時間であっても人通りは多い。
比較的健全な大通りは勿論、路地を奥に入った猥雑な界隈もだ。
その界隈に恭弥と同じ年頃の少年少女を見かけて、ディーノは眉間を寄せる。
自分が言えた事ではないのを承知の上で、親は何をしているのだと言いたくなるのだ。
顔を窓に向けたまま溜息をついた時、車は、一人の少年の肩や腰を抱く男達の側を通り過ぎた。
「ロマ!止めろ!」
「ボス?」
「恭弥だ」
俯いていたから顔は見えなかったが、自分が恭弥を見間違う筈が無い。
ディーノはまだ完全には止まらない車から飛び降りて今来た道を走って戻るが、どこかの路地にでも入ったのか彼らの姿は見つけられない。
意識を研ぎ澄ませて辺りを探り歩き、やがてディーノの耳は細い路地の奥から聞こえる物音を拾った。
駆けつけたディーノの視界に入ったのは、前と後ろを二人の男に挟まれて細い身体を抱きすくめられている幼い少年の姿。
後ろから伸びた手は、片方は腰を抱き、もう片方はシャツの裾から忍び込み腹や胸を弄っている。
前にいる男は腰を少年に押し付けて、しきりに髪や頬を撫で、必要以上に顔を寄せている。
彼らが少年に何をしようとしているかなど、一目瞭然だった。
俯き、髪で隠れた少年の顔はディーノから見る事は出来ないが、身体の横で握り締めている拳が白く震えているのは分かった。