リクエストSS
□VORTEX
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今までに比べ格段に家にいる時間が増えたと言っても、やはり多忙なディーノは休日でも仕事で家を空ける事がある。
一人でいるのは苦ではなくとも、一人でいると考えなくてもいい事を考えてしまうのが、今の恭弥にとっては不愉快だった。
許されざる情欲ごとディーノは自分を受け止めてくれた。
行き場のなかった恋情はひたむきに父親へと向かい、それは日に日に大きく育っている。
幸せだし、満たされているのだとも思う。
けれどたった一つ、恭弥の胸に影を落とすのは、ディーノが最後の一線を越えてくれない事。
愛されているのも、大切にされているのも分かる。
大人になりきらない身体に苦痛や負担を与えぬよう気遣い、慈しんでくれている事も。
それでも恭弥は父親に最後まで抱かれたかった。
そうなって初めて自分は父親のものになれるし、父親も自分のものになるのだから。
文字通り、身も心も全て。
互いに肌を合わせる関係になるまで、ディーノは多数の女性と関係を持っていた。
それは自分へと向かう情欲を散らすための捌け口だったと、恭弥は知っている。
行為の間、ディーノの頭の中には自分がいたと言う事も。
だからと言って、それを意に介さずにいられる程恭弥は大人ではない。
いくら自分の代償だったと言われても、その時ディーノが現実に触れていたのはその女性なのだから。
自分以外の誰にも触れてなど欲しくない。
例え指一本、髪の一筋であっても。
いささか病的な嫉妬の淵に陥りそうになった恭弥を引き上げたのは、来客を告げるチャイムの音。
父親の言付けを思い出し、恭弥は来訪者を迎えるために玄関へと急いだ。
訪れたディーノの部下達は携帯でディーノの指示を仰ぎながら、ディーノが自宅で使用しているパソコンを操作している。
急遽幾つかのデータが必要になったのだが、仕事のデータなど息子と言えども触らせる事は出来ない。
已む無くディーノは信頼出来る部下にデータの移行を命じたのだ。
「もうすぐ終わる。邪魔して悪かったな」
「構わないよ。あの人の仕事なら仕方ない」
もう重要なデータからは手が離れたのか、部下達は手を動かしながらもリラックスして軽口を叩き始める。
「それにしてもでかくなったなあ。前に会った時なんてこんなに小さかったのに」
ディーノは部下達と付き合いが深い。
最近こそ無くなったものの、恭弥がまだ子供の頃は部下達が自宅によく出入りしていたものだ。
「もう女の一人くらい出来たか?」
「興味ないよ、そんなの」
良くも悪くもフレンドリーな部下達は、上司の息子相手でも容赦しない。
「勿体ねえ。お前なら寄って来る女の子もいるだろうに」
「そうそう。ボスがお前くらいの頃はモテモテだったぞ」
「若い頃は女切らした事なかったもんな。いつだって女の方から寄って来て」
「今だってそうだろ。こないだ食事した取引先の社長のお嬢さん、ずっとボスばっかり見てたもんな」
「けどあれはボスの好みじゃねーだろ」
「ねえ、あの人の好みってどんなの」
ディーノの女性遍歴など一番聞きたくない話題だが、気にならないといえば嘘になる。
恭弥は、この場にいない上司をネタに盛り上がる部下達の会話に無理矢理割り込んだ。
「一言で言や、経験豊富で色っぽい大人の女」
「ちょっと前まではしょっちゅう女の世話させられたけど、大概そんな女ばっかりだったな」
「若くて経験の少ない女はつまらないんだと」
「そんな事一度でいいから言ってみたいもんだ。若い女なんか暫く抱いてねえや」
「選り取り見取りのボスでなきゃ言えねえよ。お前にゃ無理だ」
「違いねえ」
笑い合っている内に全てのデータ処理が済んだらしく、やがて部下達は和やかかつ賑やかに帰って行った。
一方、一人残された恭弥は最悪な気分を抱える羽目になった。
(聞かなきゃよかった)
ディーノの過去の女性遍歴。
ディーノの好みの女性。
それらがぐるぐると頭を駆け巡り夜になっても一向に消えてはくれなかった。
就寝前の風呂上り、恭弥は洗面所の鏡に映った自分の裸体を見て顔を顰める。
女性の様に柔らかな部分などない骨ばった身体。
ディーノに比べたら手足は細く短いし、筋肉だってついていない。
そこにあったのは、頼りない子供の身体だった。
『経験豊富な大人の女が好み』
『若くて経験の少ない女はつまらない』
部下達の言葉が何度も頭の中で再生される。
どう足掻いても女性にはなれないし、一足飛びで大人にだってなれない。
(でも、経験だけなら)
ディーノが自分を抱いてくれないのは、性経験のない子供の身体など抱いたところでつまらないからかもしれない。
だったら、経験を重ねて行為に慣れたらディーノは喜んで抱いてくれるかもしれない。
濡れた髪を乾かす事もせず、恭弥は一人鏡に映った自分を見つめて立ち尽くしていた。