リクエストSS
□VORTEX
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午後11時。一日の仕事を終えたディーノが、部下の運転する車に乗り込み自宅へと向かう。
早いとは言えない時間だが、帰宅しない事もあった一時期に比べればマシな方だ。
もっともそれは、仕事のせいだけではないのだが。
「遅くなっちまったなボス。恭弥、寝てるんじゃねーか?」
「それならそれでいいさ。夜更しして体調を崩されるよりずっといい」
そう言いつつもディーノは、息子がまだ起きて自分を待っているだろう事を確信していた。
だからこそなるべく遅くならないように仕事を進めているのだが、いつも予定通りになるとは限らない。
「あんたは相変わらず恭弥に甘いな」
「当たり前だ。最愛の一人息子だぞ。親馬鹿と言いたきゃ言え」
「いや、いい傾向だと思ってな。その分だと仲直りしたみてえだな。ちょっと前まで恭弥を避けてただろ」
「ああ……別に喧嘩じゃねーよ」
あからさまにしていたつもりはなかったが、長年仕えているロマーリオには知られていたようだ。
もっとも、恭弥を避けていた本当の理由までは気付いていないようで、ディーノはさり気無くバックミラーに映るロマーリオから視線を逸らす。
二人きりで家にいるといつ恭弥を犯してしまうか分からなかったからだと本音を晒したら、平然とステアリングを握る彼はどんな顔をするだろうか。
口を閉ざしたディーノにロマーリオも敢えて声を掛ける事もせず、緩やかな無言に包まれたままやがて車は自宅に到着した。
「おかえりなさい」
案の定、もう日付も変わると言うのに息子は起きてディーノを迎えてくれる。
「ただいま恭弥。遅くなってごめんな」
「忙しいなら仕方ないよ。食事は?」
「軽く食う。悪いけど後で部屋に持って来てくれるか。食いながら残った仕事片付けっから」
「……分かった」
恭弥が何か物言いたげなのには気付かず、ディーノは真っ直ぐに自室へ向かった。
自宅パソコンに転送させたメールを処理していると、やがて恭弥が食事を持って現れた。
15歳の息子が作る食事は、手は込んでいなくとも温かく美味で疲れた身体を労わってくれる。
「ごちそうさん。ありがとな」
「まだかかるの」
「んー、もうちょっと。このメール送ったら終わり」
「邪魔しないからここにいてもいい?」
「ここには何も面白いモンないだろ」
「迷惑だったら部屋に戻るから、そう言えばいい」
「迷惑な訳じゃねーよ。いいぜ。適当に本でも読んでろ。眠かったら寝ちまっていいから」
「眠くないよ」
ディーノが再びモニターに向かうと、恭弥はディーノのシャツを緩く握ってきた。
「恭弥?」
「……したい」
見上げると、俯いて耳まで真っ赤になった恭弥が消え入りそうな声で呟いた。
「恭弥、おいで」
微笑んだディーノが手を差し出すと、戸惑いながら恭弥は手を取った。
ディーノはそのまま細い腰を引き寄せて口付ける。
緩く舌を絡めて深くなる前に唇を離すと、目元を赤らめ潤む瞳で恭弥が見つめてくる。
「すぐに終わらせる。いい子で待ってろ」
「ん……」
ディーノは恭弥に背を向けて仕事を再開させる。
背中に感じた恭弥の視線は、焼かれそうな程熱かった。
誰にも知られる訳にはいかない秘め事は、そして今夜も繰り返される。
許されない事は分かった上で、それでも求めずにいられない。甘い唇を味わい、偽る事のない愛の言葉を告げる。
色付く肌をなぞり、細い裸身を抱き締めて緩やかな愛撫で果てる時、ディーノの胸は息子への愛しさで満たされる。
けれど、同じように父親を愛し求める息子は、より深い繋がりをも求めるようになった。
「どうして最後までしてくれないの」
裸の胸に頭を乗せて恨みがましく父親を詰る姿は、最近顕著になったもの。
「何度も言ってるだろ。まだ子供の身体に無理はさせられねえよ。お前がもう少し大人になったらな」
「もう少しっていつ。僕はいつでも好きな年齢だよ」
「こら、もうしねえぞ。お前だって明日学校だろ」
腰に乗り上げ再び行為に及ぼうとする息子を、ディーノは無理矢理腕に抱き込んで拘束する。
「してよ」
「あのな……最初は痛くて苦しいぞ。お前、痛いの嫌いだろ」
「あなたが僕のものになるなら痛くても構わない」
「そんな事しなくたって俺はお前のものだよ」
額に口付け髪を撫でていると、強気な口調とは裏腹に瞼が下り始めた。
もう深夜だ。流石に眠いのだろう。
こうして恭弥の寝顔を見ていると暖かな幸福に包まれる。
一人飢え、禁忌に苛まれながら恭弥に焦がれていた頃は、いつか力づくで犯してしまうのだろうと絶望と恋情の狭間で苦しんだ。
けれど、思いを返してくれた恭弥がその身を委ねてくれてからは、どこまでも優しくしてやりたいと思うようになった。
手でその肌を辿る度に、この身体はまだ未成熟な子供のものなのだと実感する。
今はただ、愛情と快楽だけをこの身体に教えてやりたい。
苦痛など、今はまだ覚えなくていい。
けれど恭弥は先を望む。
「ちゃんとお前のものだよ」
「……他の人とはしたくせに」
眠り込む直前に恭弥が零した一言がディーノの胸を抉る。
恭弥へと向かう欲を散らすために他者と交わった事実が、今でも恭弥を傷付けていた。
「もうお前以外に触れたりしない。約束する」
囁いた言葉を聞く事なく、恭弥は父親の腕の中で穏やかな眠りについた。