リクエストSS
□時にはこんな休暇も
2ページ/2ページ
「なあ……何でお前がいるんだよ」
不快感を取り除かれ、ようやくひと心地ついたディーノが先程と同じ問いを口にする。
「草壁から聞いた」
「ああ……ロマが電話してたっけ。もしかして、見舞いに来てくれたのか」
「どうして僕がそんな事しなくちゃいけないの。ムカついてるからあなたを咬み殺しに来たんだよ」
「ええ!?」
ディーノが雲雀と顔を合わせたのは今が初めてだ。
彼をムカつかせる事など出来る訳がない。
「どうして草壁の方があなたの状態を早く知るのさ」
「……あ?だってロマがあいつに電話してたし」
「どうして電話をする先が僕じゃないの」
「一報入れる時は同じ立場の相手に連絡するもんだろ。何だよー、草壁に先越されたから妬いてんのかー?」
それは他愛も無い軽口の筈だった。
けれど、雲雀は口をへの字に噤み黙り込んでしまう。
「え……マジ?」
「弱ってるあなたを咬み殺す絶好のチャンスを誰かに横取りされるかもしれないのが嫌なだけだ。あなたを咬み殺すのは僕なんだから」
物騒な台詞を吐くくせに耳朶はうっすらと赤味を帯びているのだから、ディーノはそれ以上何も言えなくなる。
「ごめん。電話したかったんだけど携帯取り上げられて。心配した?」
「別に」
「心配したから来てくれたんじゃねえの?」
「僕がそんな事する筈ないだろ。弱ったあなたをあわよくば咬み殺そうと思っただけだよ」
「そっか。心配かけてごめんな」
「人の話聞きなよ」
「今ならすぐ咬み殺せるぜ?どうする?」
雲雀の瞳をじっと見つめると、雲雀の顔は見る見るうちに赤くなっていく。
「どした?」
「……その目、卑怯だ」
「あ?何?」
それ以上は言いたくないのか、雲雀は口を噤みぷいと横を向いてしまう。
自分がどんな目をしてるかなんて、見えないのだから分かる筈がない。
感覚的には、どこか視界がぼんやりするから潤んでいるのだろう。目元も熱いから赤くなっているのかもしれない。
どちらも発熱に寄るものだが、雲雀は咬み殺す気も失せたのか顔を赤らめて背けたままだ。
「顔赤いぞ。どした?」
「どうもしない」
「俺の風邪移ったんじゃねーか?お前すぐ風邪こじらせるんだから、今日はもう帰れ」
「命令するな。いつもは帰してくれないくせに」
「お前に移したくねーんだよ」
全身が重くて熱くて痛くて苦しい。
雲雀には、ほんの少しだってこんな思いをさせたくなどない。
「すぐ元気になっから。そしたら手合わせしような。弱ってる俺よりいつもの俺を咬み殺す方がお前だって楽しいだろ」
帰宅を促しても雲雀は傍らに座ったまま立とうともしない。
「うるさいな」
確かに、うるさい口を塞ぐには唇を押し当てるのが一番効果的だと知っている。
だがそれを雲雀に教えた事など、只の一度も無い筈だ。
「な……!?」
「何。あなたがいつもやってる事だろ。あなたはよくて僕は駄目なの」
「や!駄目じゃない!ないけど!今は駄目だろ!風邪移るって!」
「うん、移ったね。粘膜接触だから一発だ」
「お前なあ!」
「だから、ここにいる。ここならどれだけ風邪が悪化してもどうにでもなる」
「駄目だって」
「あなたは僕に、自宅で一人苦しんでいろって言うの」
そしてついにディーノはぐうの音も出なくなる。
「そういう訳だから、少しそっちに詰めなよ」
ディーノを押し退け、乗り上げたベッドに我が物顔で転がる雲雀はどこか満足気だ。
「寝れば治るんだろ。一緒に昼寝してあげるよ」
「……ありがとな」
一緒にいたいと言う雲雀の気持ちが嬉しい。
普段そっけない分、尚更。
もし雲雀が熱を出したら付きっ切りで看病するために、これは何が何でも一刻も早く完治させなければ。
手合わせも、触れ合うことも出来ない休暇だけれど、同じ時間を共有できるのはやはり嬉しくて。
あっと言う間に聞こえて来た寝息につられるように、ディーノも再び目を閉じる。
もう、嫌な夢は見ない気がした。
2012.04.12