リクエストSS

□朝
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かっちりと着替え、朝食を終えて戻って来てもまだ眠り続けているディーノを見て、雲雀は鼻の頭に皺を寄せる。
これみよがしに大きな音を立ててベッドに乗り上げても、昏々と眠る男は目を覚まさない。
ディーノの寝起きは悪くはないし、時として雲雀よりも先に起きていることだってある。そんな男が、まるで昏睡状態のように眠っている理由は単純だ。

極度の疲労と睡眠不足。

今回の来日は早い段階から決まっていた。
その時期に覆い被さるように後から襲ってきたのは仕事の方。
プライベートの訪日予定など普通なら断念しそうなものだが、ディーノはそれをしなかった。
元々少ない時間を更に捻出すべく食事と睡眠の時間を仕事に当て、つい昨日、日本に到着した旅客機の中でようやく全ての仕事を終えたのだと言う。

「馬鹿みたいだ」

それを聞いたときに口をついて出た言葉が再び零れ落ちる。
どうしても恭弥に会いたかったから。
それが、敢えてタイトなスケジュールにした理由を聞いた時の答えだった。

「だからって、僕を放って眠ってたら意味がないんじゃないの」

雲雀はディーノの隣に寝そべると、するりと身を寄せた。
昨夜雲雀をベッドに連れ込んで、いつもより穏やかに身体を重ねた後眠り込んだディーノは一度も目を覚まさなかったから、雲雀は一人で朝食の席についた。
普段から食事時は一人だから、誰もいない食卓は慣れている。
使われている食材も、それを調理する人間の腕も上等で、普段の食事とは素材も味も比べ物にならない。

静かな食卓に美味な朝食。
快適この上ない筈なのに、広いテーブルは落ち着かないし、朝食も、これっぽっちも美味しいとは思えなかった。

「あなたのせいだ」

規則正しく上下する胸に鼻を押し付けて、雲雀は大きく息を吸い込む。
途端、胸いっぱいに広がるディーノの香り。
この人が同じ空間にいないだけで全てが色褪せ、味気なくなる。
この場に存在しないならまだしも、扉一枚隔てた場所からは彼の気配が伝わってくるのだから尚更タチが悪い。

「つまらない」

胸を経て、腕、首筋と、雲雀は押し付ける鼻の場所を変えながら不平を漏らす。
声も聞けず、甘色の瞳を見る事も叶わない。
けれど暴力的に叩き起こすには、彼の顔は見るからに疲労の色を湛え過ぎていた。

「早く起きなよ」

起きない彼を起こす事も出来ず、雲雀はただ身を寄せる。

「いなくなっちゃうよ」

雲雀の不平が聞こえた訳では無いだろうが、ディーノは雲雀に向かって寝返りを打った。
自然と雲雀はディーノの左腕に抱き込まれる形となる。
香りも体温も、合わせた胸から伝わる心音も、先程よりずっと強く感じられる。
顔を上げると形のいい唇は薄く開いて、穏やかな寝息を紡いでいた。

「仕方ないな。いてあげるよ」

その唇に自分の唇をそっと触れさせ、雲雀はディーノの胸に顔を埋めて目を閉じた。
ディーノが起きたら自分を放置した事を詫びさせて、日が暮れるまで戦ってもらおう。
夕食には好物を提供させて、そして夜はこの香りと体温に包まれて熱を交わすのだ。

これからの過ごし方を考えて眠りにつくのは、ひどく気持ちのいいものだった。







2012.04.01
 

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