リクエストSS

□最愛
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「おかえり。早かったね」

「おう、ただいま。今日は早く帰るって言っておいただろ。それよりきょうやどうしたんだよ。この寒いのに、ずっと家の外でしゃがみ込んでたぞ」

「僕が虐待や仕置きで外に放置したとでも」

「んな事思ってねーよ」

「あなたを待ってたに決まってるじゃないか。今日は早く帰るってあなたが言うから、早い時間からずっとリビングと玄関を往復してたんだよ。まだ帰らないよって幾ら言っても聞かないんだ。挙句痺れを切らして外に出たら、今度は一向に家の中に戻って来やしない」

何度言っても家の中に戻らない息子に根負けした恭弥が仕方なく、上着のみならずマフラー・手袋・イヤーマフといった防寒用小物を一通り着用させた。

「一分一秒でも早く、あなたに会いたかったんだよ」

恭弥が、大好きな父親の腕に抱かれた我が子の頬を撫でると、きょうやは擽ったそうに身を捩り父親の首にしがみ付いた。

「そっか……ありがとな、きょうや」

ディーノがきょうやの頬に自分の頬を合わせる。子供らしい柔らかな頬はすっかり冷え切っていた。

「外よりはマシだけど、玄関は子供には寒すぎる。その子に風邪ひかせたくなかったらさっさと部屋に入りなよ。それとも夕食いらないの」

「いる。いります。きょうやに風邪ひかせる訳にもいかねー」

防寒着姿の我が子を大事そうに抱いたまま、慌ててディーノは恭弥の後を追った。







仕事が忙しくいつも帰宅の遅い父親だが、きょうやは父親が大好きだった。
普段は殆ど顔さえ見る事の出来ない父親が今日は久しぶりに早く帰宅するとあって、母親が止めるのも聞かずずっと父親を待っていた。
自分の姿を見るなり慌てて駆け寄り、そして抱き上げてくれた腕は力強く温かくて、それまでの寒さなど吹き飛んでしまった。

家の中に入ってからも、きょうやは父親から離れようとしない。
例え父親が食事の最中であっても、だ。

「食事中だけでいいから、その人の膝から降りてあげて」

「いや、このままでいいよ。俺もきょうやを堪能したい」

「駄目。それでなくともあなた食べ物ボロボロ零すんだから。熱い味噌汁この子の頭にぶちまける気」

「……すいません」

「食事が終わったらまたすぐ戻っていいから、今だけ僕の膝においで」

恭弥は息子を抱き上げて、隣に座る自分の膝の上に移した。
父親と同じくらい母親の事も大好きなきょうやは嫌がる事もなく、父親よりは少し細い膝の上で大人しくしている。
そんな恭弥にディーノはあれやこれや話し掛け、案の定食べ物をボロボロ零しては妻に叱られている。

「僕は零さないで食べられるよ」

「そっかー。きょうやは偉いな。パパも見習わねーと」

「五歳児に負けるようじゃまだまだだね」

久しぶりの家族団欒に、きょうやもすっかりご機嫌らしい。

「お風呂、一緒に入る」

夕食を終えたディーノがバスルームに向かうのを目ざとく見つけたきょうやが追いかける。

「逆上せないように、この子の事ちゃんと見ててよ」

「任せとけ」

バスルームでもきょうやはディーノにべったりとくっついたまま離れない。
父親に、プラスチックの鳥を浮かべた湯船では一緒に遊んで貰ったし、髪や身体も洗って貰った。
自分が持てる小さなスポンジで広い背中をごしごし擦ると、大きな手で頭を撫でてくれた。
嬉しくなって見上げると、大好きな笑顔がそこにはあった。
お砂糖を煮詰めたみたいな綺麗な色の目も、濡れても尚キラキラの髪も、みんなみんな大好きで。

「パパ大好き」

そう言うと、一層幸せそうな笑顔を向けられた。
見ている方が幸せになれそうな笑顔だった。

「パパもきょうやが大好きだ」

温かい湯の中、頬と鼻先に落とされたキスも温かかった。
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