リクエストSS

□午睡
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時折り風が吹き込む穏やかな気候。
強くもない日差しは心地良いし、それを遮る木陰の涼しさも絶品だ。
いつもなら気持ちよく昼寝が出来る事この上ない環境。

なのに木陰に横たわる雲雀には一向に睡魔が訪れない。

(くそ……)

イラつく気持ちを押さえつけ無理矢理眠りにつこうとする雲雀の意識は、近付く足音のせいで一瞬で引き戻された。
勢いよく身体を起こし武器を片手に体勢を整える。

「戦うのは今度ね。僕も仕事明けでくたびれてる」

現れたのは、漆黒のスーツを身に纏った細身の男。
低めの声も、背の高さも、手足の長さも同一のものでは無いけれど。

「僕……?」

「正解」

この時代に飛ばされて、この時代のディーノを見た時と同じ違和感がそこにはあった。
よく知っているのにまるきり知らない他人のようにも思える違和感。
不快のような、そうでないような。
けれど、この時代の自分はそんな風には感じないのか、自然な足取りで近くまでやってきたかと思えば片膝をついて子供の姿をした自分の頬に手を滑らせる。

「思ったとおりだ。眠れてないんだろ」

言い当てられて雲雀は睨みつけるが、目の前の漆黒の瞳は揺れも逸らされもしない。

「おいで」

子供の自分を手首を掴んで立ち上がらせた後、雲雀は屋敷に向かって歩いて行く。
一瞬の躊躇の後、雲雀はその背中を追いかける事に決めた。

「ここ、入っていいの?」

我が物顔でキャバッローネ邸を歩くこの時代の雲雀はやがて、自分やディーノが立ち入る事を禁じられた区画にまで足を踏み入れた。

「構わないよ。ここはキャバッローネ当主のプライベートエリアだからごく少数の人間しか立ち入る事は許されてないだけで、僕は許可されている」

「僕達は駄目だって言われた」

「十年前とは変わってるし重要資料も保管されてるから、そうだろうね。でも、これから行く場所はそこらとは無縁だから構わないよ。君ならね」

そして辿り着いた通路の突き当たり。
他の部屋はどれもみな同じようなドアなのに、この部屋だけはまるで日本式のような引き戸だった。
当たり前の様に入室する一回り大きな背中に続き、雲雀もまたその部屋に足を踏み入れて、そして再び驚く事になる。

「びっくりした?」

当然だ。
大きな城を思わせるキャバッローネ邸の奥に、まさか和室なんかあるとは思わない。

新しい畳の匂いと、ごく控えめに焚かれた香の香りが雲雀の鼻腔を擽る。
どちらも好ましく、身近にあった香り。

「僕の部屋」

さらりと告げられた言葉はあまりに簡潔すぎて、雲雀にとっては却って何を言われているのか分からなかった。
過去の自分の戸惑いをよそに雲雀は淡々と言葉を紡ぐ。

「僕も暇じゃないし自分の住まいは別にあるから、そう頻繁にこの部屋で過ごす事もないけどね。それでもいいからってあの人が用意したんだよ。昔も今も、僕に色々与えるのが好きなのは変わらない」

日当たりも風通しもいい広い和室。屋敷の一番奥だから静かな事この上ない。

「少し寝ていきなよ」

いつの間にか用意された寝具からもいい匂いがした。

「例外はあるにしても、基本場所が変わると熟睡出来ない体質だったよね」

楽しげに告げられた言葉に雲雀は不機嫌そうに眉を寄せるが、事実なだけに反論出来ない。

この時代に飛ばされた雲雀とディーノにはそれぞれ客室を与えられた。
上質なベッドもリネン類も心地よく雲雀の身体を包んでくれたけど、訪れる眠りは熟睡とは程遠いもので。
木陰での昼寝にしても、どうしても見知らぬ場所としての意識が先んじてしまい身体を休める事が出来ない。

「他の部屋よりはマシな筈だよ。おやすみ」

戸惑う子供の自分の返事を聞かずに、雲雀は部屋を出て行ってしまった。
残された雲雀はしばし思い迷った後、布団と一緒に用意された夜着に着替えた。
この時代の自分に合ったそれは袖も丈も長かったけれど、不思議と心を落ち着かせてくれた。

身体を横たえた寝具も同じで、すぐに雲雀は穏やかな眠りに身を任せた。
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