リクエストSS

□午睡
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「ああ……そう言う訳だ……ったく、常時でもたまには顔見せろよな」

苦笑とも苦言とも取れぬ声音でディーノは電話を切る。通話相手はひどく機嫌が良いようで、あまり聞かせてもらえない楽しげな声音を響かせていた。

「まぁ、あいつにとっては楽しい玩具が飛び込んで来たってトコなんだろうな」

ひとりごちたディーノがドアを開けて執務室の中に足を踏み入れる。

「てめー、人に仕事させといてサボってんじゃねー」

執務机に積まれた書類タワーの間から文句を飛ばすのは、こちらもディーノだ。
ただし、十年前の。

「サボってねえよ、業務連絡。お前こそ口動かす暇あったら手を動かせ」

「やってんだろ!見ろよ処理済の山!」

ディーノは十年前も今も筆跡は変わらない。この時代の重大案件書類こそ任せる訳にはいかないが、支障の無い書類のサイン要員としてはこれ以上ない程適している。

「恭弥は?」

昔の自分の文句を聞き流してディーノは問う。

「昼寝中」

不機嫌そうに再び書類に顔を向けて、十年前のディーノが窓の外を指差す。
執務室の窓から見える豪奢な庭園。そこに植えられた大きな木の下で、15歳の雲雀が横たわっていた。





当然ながらこの状況は平時ではない。
被弾者とすぐ近くの人間二人まとめて入れ替える事が可能になった筈の改良版十年バズーカの試し撃ちの場に於いて被弾したディーノ。
その場には間違いなく十年前のディーノの姿があった。けれど、その場から消える筈のこの時代のディーノの姿も尚そこにはあった。
そして、計算上では来るはずのない昔の雲雀の姿も。

「被弾側がまとめて過去に行くんじゃねぇのかよ。何でお前しか被弾してねーのに俺の側にいた恭弥まで巻き込まれてんだよ」

過去のディーノがこの時代のジャンニーニに文句をつけたお陰で、ボンゴレ・キャバッローネ技術者総出でバズーカの改良と修繕に当たっている現状だ。
報告によればどうやら、後数日もすれば過去から来た客人は無事元の時代に戻れる算段は整ったらしい。
一安心したディーノはこれ幸いと過去の自分を捕まえて仕事の手伝いをさせているという訳だ。

「恭弥はフリーなのに何で俺だけ仕事させられてんだよ……」

「イタリア語読めない恭弥にさせられる仕事がある訳ねぇだろ」

それでなくともここは十年後の世界だ。下手に機密に触れさせる訳にはいかない。
その点、過去の自分なら屋敷内の勝手も分かるしルーチンワークなら何の問題もなく任せられる。
だが、確かに退屈そうな雲雀の姿に申し訳ない気分になるのも事実だ。
最低限の説明だけで敷地内に、それも限られた場所だけしか移動を許さず閉じ込めている。自由を愛し束縛を嫌う雲雀だけに、そろそろ鬱憤が溜まっていてもおかしくない。

「じゃあそっちは僕が相手してあげるよ」

突然執務室のドアが開けられて、部屋に飛び込んで来た声。

「早かったな、恭弥」

「こんな愉快な出来事、あなただけに楽しませるのは癪だからね」

「楽しんでねぇよ」

軽口を叩く二人を見遣り、書類の山に埋もれたディーノが目を見開いて口を開いた。

「もしかして……十年後の恭弥、か?」

この時代の自分を見た時は、それ程見た目の変化がない事もあって特にどうとも思わなかった。
けれど今目の前にいる、すっかり子供っぽさも消えて大人の姿をした雲雀の姿には、開いた口が塞がらない。

(すげー綺麗になってんな……)

動き一つ、声音一つ、視線一つに過剰な程の艶がある。
元々綺麗な子供だとは思っていたが、ここまで華麗に花開くとは思わなかった。
現れた雲雀の姿に目を奪われている過去の自分に苦笑しながら、ディーノは雲雀に向き直る。

「相手するのはいいけど、あんまり構いすぎて怒らせるなよ。機嫌悪そうだ」

窓から見下ろした雲雀の寝顔は、お世辞にも安らかとは言えなくて。

「構いすぎて怒らせたのはあなたじゃないの?どうせ子供の僕が懐かしくてちょっかい出したんだろ」

ハグと頬へのキスがちょっかいと言うのなら、そうなのだろう。
真っ赤になってトンファーを振り回す過去の雲雀を二人のディーノが必死で押さえつけ宥めた初日を思い出す。

「僕の事は僕が一番よく分かる。あなた達はせいぜい大人しく仕事でもしてればいい」

余韻を残さずするりと部屋を出て行ってしまった雲雀を見遣り、二人のディーノは溜息をつく。

「あいつのマイペースさは十年経っても変わんねーんだな……」

「きっと死んでも変わらねぇよ」

「お前、尻に敷かれすぎじゃねぇ?」

「十年経って同じ台詞が言えるもんなら言ってみろ」

暫しの沈黙の後、二人のディーノは大人しく書類仕事を再開した。
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