リクエストSS

□Fragrance
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「ありゃー嫉妬だな」

「おー……」

雲雀の様子を評したロマーリオの言葉は、恐らく正しい。

「前に愛人の事説明した時は、表情一つ変えなかったんだがなぁ」

「話だけ聞くのと自分の目で見るのとはちげーだろ」

「何だボス、恭弥が妬いてくれたってのに嬉しそうじゃねえな」

確かに、嬉しくないと言えば嘘になる。けれど、突然明確な形を持って現れた『愛人』の存在に、恐らく無意識に傷ついた雲雀を思うと、とてもじゃないが喜べない。
帰り際の雲雀の顔。眉を寄せ口をへの字に結び一見不機嫌なだけの顔は、泣くのを堪えているようにも何かに耐えているようにも見えて、ディーノはあれ以上引き止める事が出来なかった。

「あーもう、こんな事なら部屋になんか入れないで外で会えばよかった」

「おいおい、それは無理ってもんだぜボス」

無情にも仕事は待ってくれない。

「行って帰って来る時間で何枚書類が決済出来ると思ってんだ」

「だよなー」

ディーノは髪に手を突っ込みぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。

「気を取り直して仕事に戻ってくれ。恭弥だって一晩経てば、案外すぐ機嫌を直してまた来てくれるかもしれねぇ」

「そうだといいな」

そう日を空けずに来ていた雲雀の事だ。数日経って落ち着けばまた来てくれるようになるだろう。
そう思ってディーノは気持ちを切り替え、中断させていた仕事に取り掛かった。

しかしその後一週間、ディーノは雲雀の姿を見る事は叶わなかった。





予想に反して雲雀の来訪は無く、ディーノからの電話やメールに対しても一切反応が返って来る事も無く、けれど大量の仕事を抱えた身で雲雀に会いに行く事も出来ず、結果として一週間と言う日数が過ぎ去った。

「一週間も来ないとかありえねぇ……あいつぜってー怒ってる」

ようやく仕事を片付けたディーノは大慌てで雲雀がいるであろう並中応接室へと足を運んだ。
謝って謝って謝り倒せば少しは機嫌も直るだろうか。そんな事を考えつつ恐る恐る応接室のドアを開けると、そこにいたのは副委員長の草壁哲矢ただ一人。

「あれ、恭弥いねえの?」

「委員長はもう帰られました」

「んだよー、一週間ぶりに会えると思ったのに……」

草壁はディーノの言葉に僅かに引っ掛かりを覚えた。

「一週間、お会いになっていないのですか?」

「あーうん……ちょっと、怒らせちまって……って、どした?変な顔して」

「いえ……ここ数日委員長の帰りが早いのはてっきりディーノさんとお会いになっているからだとばかり……つい昨日もお二人を見たとの話を聞きましたので」

「何だそれ。俺は会ってねーぞ」

「『ディーノさん』と言うのは私の勝手な認識です。正確には『長身で金髪の外国人男性』と一緒と聞いたので、てっきりディーノさんの事だと……」

マズイ事を言ったと気付き困惑する草壁に、その話の出所と二人が会っていた場所やら何やらを聞き出し、ディーノは応接室を後にした。





駅前の繁華街。その一角に目的の店はある。
昼はカフェとしてドリンクや軽食を、夜はバーとしてアルコールを提供するその店は、オーナー以下従業員全てが外国人と言う事で、この町近郊に在住している外国人も過ごしやすいのか、多くの外国人が集まる店として一部では有名な店だった。
スタッフや客の出身国が様々な為、店内に飛び交う言語も多様でその雑多な空間が却って心地よく、ディーノも来日の度に利用していた。

(なのに何でこうやってコソコソして来なきゃなんねーんだ……)

この店で雲雀が見知らぬ外国人男性と会っていたと言う話を聞き込み、ディーノは並中を後にしたその足ですぐさまやって来て雲雀が現れるのを待っていた。
日中はともかくバータイムになってからは流石に未成年の姿はない。しかし、只でさえ並盛の顔である雲雀が成人した大人と共に現れれば、入店を断られる事はあり得ない。
故にディーノは店の奥まった、けれど入口をよく見る事の出来る席に陣取り、無為に時間を過ごす事になったのだった。

(来た……)

どれくらい時間が経っただろうか。やがて店内に黒髪の少年を連れた男が入って来た。
確かに背も高く金髪の白人男性だが

(全然似てねえじゃねえか……)

自分とは全く似ても似つかない男に伴われる雲雀、と言う図をディーノは歯軋りしながら睨みつける様に観察し続けた。

二人はカウンターで飲み物を頼むと、ディーノがいる場所とは反対側のスペースへと歩いて行った。
男はにこやかな笑顔を浮かべしきりに雲雀に話しかけている。ディーノに背を向ける雲雀の様子は窺い知れないが、男の方を向いたままでいると言う事は特に嫌がっている訳ではないようだ。
顔を近づけ雲雀の肩に触れ黒髪を撫でる男の所作を、なるべく騒ぎを起こしたくない一心でじっと見ていたディーノだったが、その忍耐力は男が雲雀の腰に腕を回し細い身体を抱き寄せた瞬間にあっけなく吹き飛んだ。

マフィアのボスにそんな物騒な感情を向けられているなど夢にも思わない男は、故に、少年に触れていた腕を突然取り上げ射殺しそうな瞳で自分を睨みつけるイタリア人男性の出現に驚愕する事になる。

「何するんだ」

「うるせえ、恭弥に触んな」

自分に向けられる鳶色の瞳に表世界の住人には持ち得ない色を見て取って、男は懸命にもそれ以上口を開く事はせず、少年の腕を引き店を出て行くイタリア人を黙って見送った。
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