リクエストSS
□番う
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窓から差し込む暖かな午後の日差し。僅かな風にそよぐ草花、時折聞こえる鳥の声。
何一つ取っても『穏やか』以外の形容が見当たらない。
こんな日は本を片手にのんびりソファに陣取り、やがて訪れる心地よい睡魔に身を任せてしまうに限る。
だが、そんな穏やかな空間からは切り取られたかのように室内には妙な緊張感が漂っていた。
正確には、のんびりとソファで寛いでいる雲雀の前に立つディーノから、であるが。
「あのさ、恭弥……」
「何」
「大事な話があるんだけど……」
「だからさっきからそこまでは何度も聞いてる。いい加減その先を言いなよ。僕だって暇じゃないんだ」
仰向けにソファに寝転び本のページを捲る姿では説得力が無いが、雲雀にとっては久々の休暇であり、例えディーノと言えども理由もなく邪魔をされたくはない。
さほど広くはないが日当たり良く、控えめな意匠の使い勝手のいい調度品に囲まれたこの部屋は、キャバッローネ邸における雲雀の私室みたいなものだ。
普段は風紀財団施設で寝起きしているが、ボンゴレ屋敷へ出向く前後、仕事明けの休暇等、年間かなりの割合をこの部屋で過ごしている。
寝室はこの屋敷の主と一緒なのだから、いっそ住まいを移してしまっても良いのではないか、と言うのがキャバッローネ・ボンゴレ両幹部の統一された意見だった。
「あー、くそ……」
ぐしゃぐしゃと髪を掻き回し、ディーノは大きく深呼吸する。
「恭弥」
「何」
短い時間の中で何度も交わしたやりとり。話の内容については既に興味を失っている雲雀は、本から顔も上げずに半ば自動的に応える。
「すげー大事な話なんだ」
「そう」
「俺と結婚して」
「ふうん…………は?」
右から左に聞き流していたが、最後に予想外の単語が引っ掛かり雲雀はようやく顔を上げた。
正面に見るディーノの顔には先刻までの戸惑いも逡巡も浮かんでおらず、ただ真剣な眼差しを向けていた。
「おかしな言葉が聞こえた気がするんだけど、もしかして寝てたかな」
「いや、俺もお前もしっかり起きてるぜ。寝惚けてんでも幻聴でもねえよ」
一度口にしてしまって踏ん切りがついたのか、ディーノは臆する事なく雲雀を見据えて言葉を繋ぐ。
「例の抗争、カタが付いたって教えたよな」
「ああ……コルヴォファミリーとの……」
コルヴォファミリーはキャバッローネの半分程の歴史を持つ中堅ファミリーである。
ファミリーの規模は大きくなくとも婚姻や同盟、懐柔など様々な手段を使いのし上がってきた。
キャバッローネに対しては色々思惑があるらしく、小規模な抗争を仕掛けて来たかと思えば友好的な姿勢を見せるなど、ディーノ達は常々手を焼いていた。
ハッキリ言えば叩いてしまいたい。けれど決定的な理由もなくこちらから手を出すのは得策ではない。
そんな膠着状態に終止符を打ったのはコルヴォファミリーのボスの娘とディーノの婚姻話だった。
厄介なファミリーとは言え『完全な味方』にして囲んでしまえば彼らの持つ顔の広さや友好スキルは武器になる。
幹部間では、跡継ぎ問題もクリア出来るし受諾すべきと言う賛成派と、歴史も力も到底及ばない中規模ファミリーには釣り合わない、こちらが利用されるだけだと言う反対派に分かれ、連日会議の場ではこの話題が俎上に載せられる事となった。
キャバッローネのボスが否を唱えたのは反対派の意見に加え、十年来の恋人の存在があったから。恋人についてはファミリー全員が認識していたしその関係も認めていた。
改まって話をする機会がなく特に何も明言する事なく月日を過ごして来たが、ここに来てディーノは初めて全ての部下の前で雲雀への気持ちを訴え、他の人間と結婚する意志が無い事、跡取りは必ずしも世襲に拘らない事を挙げ、暫しの紛糾の後に認められた。
否を突き付けられたコルヴォファミリーが腹立ち紛れに仕掛けて来た大規模な抗争はキャバッローネの完全勝利に終わり、ここ暫くの大きな懸念が一気に払拭された事になる。
「厄介な心配事が消えたから、これからの事、考えたくて。あいつらともちゃんと話し合って分かって貰った」
ディーノはそこで言葉を切るとスーツの胸ポケットから綺麗な小箱を取り出した。
中には一切の装飾もないプラチナの指輪。
「貰ってくれないか」
「戦闘に使えないリングに興味は無いよ。ランクA以上の雲のリングなら貰ってあげる」
「茶化すなよ。こっちは真剣なんだ」
「僕だって真剣だ」
雲雀は本を閉じるとソファから立ち上がりディーノと相対する。
自分に差し出された求婚の指輪には目もくれず、ただディーノだけを見つめて言い放った。
「返事は『否』だよ」