Novels 2
□傷痕
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雲雀の視界の端にちらちらと映り込む色彩がある。
隣に座るのは、腕捲りで仕事の書類にサインを繰り返すイタリア人。
目を引く色彩は何かと見遣れば、その出処は露わになった彼の左腕。鮮やかなタトゥーだ。
腕を動かす度に複雑な陰影を生むそれが大層興味深く、雲雀はタトゥーを撫でたり触ったり叩いたりしてみた。
擽ったいだの痛いだの文句を言うくせにディーノは力ずくで雲雀をとめることなく、好きにさせてくれた。
けれど、
「はいそこまで。こっから先は課金制です」
タトゥーの全貌が見たくてディーノのシャツに手をかけた途端、そんな言葉で雲雀は探索を中止させられた。
「ケチ」
「何とでも。タトゥーはともかく、おおっぴらに見せられないもんがあるんだよ」
「喋る人面祖でも飼ってるの」
「そんなんだったら逆に見せびらかすっつーの」
面白かったのか、ディーノは豪快に笑ってお日様みたいな顔を雲雀に向けた。
「期待に添えなくて申し訳ないけど、つまんねーもんだよ」
「何」
「古い傷痕。身体のあちこちにあるんだ。こことか、こことか。こっちにも」
「嫌いなの」
「まさか。ファミリーとかシマの人達とか、大事な人達を守って出来た傷だぞ。俺にとっちゃ勲章みてーなもんだ」
誇らしげな笑顔は、けれどすぐ自嘲じみたものに変わる。
「他人に見られてもどうとも思わないけど、今はまだお前に見られたくはないかな」
「他人はよくて僕が駄目なんて納得いかない」
「見て気分のいいもんじゃねえし。偉そうな事言っても所詮、人を殺したり殺されたりの暗部の場で負った傷だし。今はまだ、俺のそういう汚くて暗い部分をお前に見せられる心構えが出来てないんだ」
ごめんな、と何でもない事みたいに笑ってディーノは雲雀を抱き寄せる。
身を寄せたディーノの左胸。先程の指差し確認時に、ここにもある事を知った。
掌を当てても、服の上からじゃ肌の感触など分からない。
「大きな傷なの」
「ピンキリ。小さいのは引っかき傷レベルで、ひでーのは普通の感性の持ち主なら気分悪くなって目を背けるレベル」
「ここは?小さい方?ひどい方?」
「最高にひどい方」
小さく笑んで、ディーノは雲雀の手を外させた。
どうあっても見せる気はなさそうだ。
「そんなん見せて引かれて、万が一恭弥に嫌われたらやだし」
「あなたの事なんか、最初から嫌いだよ」
「おい!」
「うるさいしお節介だし暑苦しいし鬱陶しい。今更嫌いな部分が増えたところで何も変わらないよ」
「お前それひどくねえか!?」
「いつか見せて」
大声での文句を黙殺して告げると、ディーノはぴたりと口を閉ざした。
「あなたが見せてもいいと思った時でいい。見せて」
暫くの沈黙の後、ディーノは吹っ切ったみたいに笑って片手を上げた。了承の意だ。
「じゃあその時はめちゃくちゃ情熱的なセックスしような。男抱くのは初めてだけど任せとけ」
「何でそうなるのさ!そんな話してないだろ!」
「裸見せるってのはそういう事だろ。そっか、お前そういう風に誘惑すんのかー。可愛いなー」
「違う!誰もそんな事言ってない!」
雲雀を胸に抱いたまま、ディーノは心底楽しそうに笑っている。
からかわれたのだと気付き、雲雀は眉間と鼻の頭に皺を寄せた。
ディーノの身体にある数々の傷痕。消えない過去。いつの日か、その全てを見たい。決して目を逸らす事なく。
そして、その程度のものなど大した事はないと、鼻で笑い飛ばしてやるのだ。
その時、彼はどんな顔をするだろうか。
2014.02.05