Novels 3

□birth
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壁に飾られた室内用鯉のぼり。どこから持ってきたのか、棚に置かれた花器には品良く菖蒲が生けられているも、すぐ隣に飾られた兜の自己主張が強すぎて何とも言えないおかしな空間になっている。
一方応接机の上はカオスの一言だ。
多種多様の味付けで焼かれた大量のハンバーグ。柏餅や草餅といった和菓子にちまき。それらの中央には一際目を惹くホールケーキ。ご丁寧に『きょうやくんおたんじょうびおめでとう』などというふざけたプレートまで乗っている。
何故平仮名なのか、シンプルな英字でいいんじゃないか、そもそもいらないだろうプレートもケーキ本体もその他諸々も。
おかげで、決して手狭ではないはずの応接室が3分の1くらいにまで狭まった気がする。
もっともその最たるものが、今目の前に座り込んでいる態度も身体も大きな男に違いない。

「恭弥、誕生日おめでとう!そんでもってこどもの日おめでとう!」

大きな紙で折られた兜をかぶり、花束を持った右手とミニチュア鯉のぼりを持った左手を差し出し、お日様みたいな笑顔を無駄にキラキラ振りまいている男は、もしかしなくてもイタリア在住でマフィアのボスでたくさんの会社を経営していて、とにかく半端なく多忙な人間だったはずなのだけれど。

「暇なの、あなた」

「おかげさまで、寝る暇もないくらい忙しいぜ」

「ならどうしてこんな所にいるの」

「だってお前の誕生日だし」

何当たり前のことを、みたいな顔で言われるものだから、不本意にも心臓が小さく跳ねてしまう。けれど、

「可愛い弟子で未来のボンゴレ幹部の誕生日だしな。来ないわけにはいかねーだろ」

ニカッと笑って告げられた言葉に、ぴよぴよ跳ねていた心臓が今度はきゅうっと痛みだす。

(分かってるけど)

多大な期待はしていないつもりだったけど、言外に仕事の一環だと告げられるとやっぱりおもしろくない。
だいたいが「誕生日がこどもの日か。お前にぴったりだな。ならどっちも祝ってやんねーと」という、事の発端の第一声からして子供扱い以前に、子供としか見ていませんそれ以外に思うところはありません、という感情がびんびん伝わってくるのだから、この状況が嬉しいわけがない。
ない、はずなのだが。

「ほら恭弥、プレゼント。お前の気に入りそうなもんたくさん買ってきたんだ。後でゆっくり開けてみろ」

指差す先にはたくさんの贈り物。
カラフルなペーパーやリボンで彩られた箱や袋はすべて彼自ら選んだのだという。室内をカオス空間に叩き込んでくれた各種アイテムや料理も。
それだけの時間や金銭を自分のためだけに使ってくれたことはやっぱり嬉しい。
誕生日に来てくれたことも。
自分がこんなにちょろいとは思わなかったが、それを拗ねて貴重な時間を無駄にするつもりはない。出来るだけ仏頂面を心がけ、バレないよう大好きな顔をちらりと盗み見た。

相変わらず綺麗な男だと思う。
金色の髪は陽に当たるとキラキラ発光してるみたいに輝くし、白い顔の中に配置されている甘い蜂蜜みたいな琥珀色の瞳も、高くすっきりと形のいい鼻も、肉厚気味の唇も全部綺麗だ。
いつも優しく優美なその顔は、そのくせ武器を手にした途端獰猛な肉食獣みたいに険しくなる。その時の顔も大好きだ。

恋なのだと思う。
誰も教えてくれないし、今までしたこともなかったけど。
本能で分かってしまった。自分はこの男に恋をしているのだと。
ただ、そこから先どうすればいいのか分からない。思いを告げてもいいのだろうか。
男同士とか、年齢が大幅に離れているとか、自分は全く気にしないけどきっと彼はそうじゃない。彼の部下たちの雑談から、パーティーではいつも年頃の令嬢に取り囲まれているとか、立場的にもそろそろ結婚について考えないといけないとか、女性にまつわる噂話を聞き出している。
何より、彼は自分のことをそういう対象として見てはいない。
言葉と態度で『射程範囲外』だとはっきり宣言されているようなものだ。

向かいの席で彼はにこにこと自分を見つめている。
お日様みたいな明るい笑顔。それは、今ここで彼を押し倒し、身体に乗り上げて胸ぐら掴んでキスをしたら、もう二度と見られなくなるんだろうか。

(それはいやだな)

生まれたばかりのこの恋を諦めたくはない。
けれどそのせいで彼に疎まれるのはいやだ。

(でも、抱きついて好きって言うだけなら)

だいたい彼自身挨拶のように誰にでも好きだと言い回るし親愛のハグは標準装備だ。それと同じなのだと思わせればいい。
よし、と拳を固めたその時、控えめなノックが響き扉が開いた。

「すまねえボス。そろそろ時間だ」

「おう」

ソファから腰を上げた彼は上着を掴み扉へ向かう。帰るつもりなのは一目瞭然だ。

「待ちなよ。手合わせもしないで帰るの」

「帰るっつーかこれから1件仕事が入ってんだ、ごめんな。夜には戻るからいつものホテルで好きにしてていいぜ」

また後で、という言葉と共に彼は部屋を出ていく。
仕事を優先された悔しさと、夜にはまた会える嬉しさで胸の中はぐちゃぐちゃだ。

(やっぱり、僕の気持ちをはっきり分からせないと)

そうすればきっとあやふやでぞんざいな態度など取らなくなる。
少しくらいは意識してもらえる。
もしかしたら、そういう意味で触れてくれるかもしれない。

(今夜、あのひとのベッドに忍び込んでやる)

彼のベッドで抱きついてキスをする。そのままいい雰囲気になれば、うまくすれば既成事実の1つや2つ作れるかもしれない。いや、きっといける。

よし、と気合いを新たに拳を握る。
夜、彼のベッドに忍び込んだはいいものの、半分寝ぼけた彼に抱き枕代わりに抱き締められ、その心地よい体温にうっかり気持ちよく眠り込み、結果2人揃って朝まで健全に熟睡する未来はまだ知らない。


2019.05.05


 

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