Novels 3

□crescita
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したくない事はしない。
したい事しかしない。
今も昔も変わらない、それが雲雀の信条のひとつ。

昔と違い、したくない事をしなければならなかったり、したい事が出来なかったり、その信条がぐらつく場面もあるけれど、だからこそ、それが許される場面では誰に何と言われようとも振りかざす。
この屋敷の主への態度がまさにそれだ。
細かく連絡を入れろ、所在確認には速やかに応じろ、アポイントは事前に取れ云々。自身が属する組織の長にさえしない事をどうしてする必要があるのか不思議に思いそう尋ねると「恋人なんだから当たり前だろう」と、これまた不思議そうな顔で返された。
そういうものかと思わなくはないけれど実践する気は元よりない。おそらく今日も開口一番小言が飛び出すのだろうと思いながら、ノックすらせず一際重厚なドアを開けた。

「恭弥!」

顔を上げたディーノが驚愕と喜色がないまぜになった表情を浮かべる。

「だーかーらー。どうしてお前はいつも突然くんだよ。たまには事前に連絡して俺を喜ばせろ」

「心構えのなっていない時に現れた方が嬉しいだろ」

「うっせ」

それ以上小言を続けるつもりはないようで、ディーノはにこにこと雲雀を手招き、それまで覗き込んでいたノートパソコンを差し出した。

「それにしてもいい時に来たな。丁度お前に見せたいもんがあったんだ」

「キャバッローネの数字をそう簡単に見せてもいいの」

「これはそういうんじゃねーの。ほらほら」

モニターに表示されていたのはサムネイル形式の画像一覧。試しにひとつクリックしてみると、複数人が群れている画像が現れた。

「見知らぬ群れの写真なんか興味ないんだけど」

「いやいやいや、知らねーわけねーから。これ、昔のツナ達だから」

そう言われて良く見るとそれは、今より数段幼い顔立ちをした関係者達の集合写真だった。

「ツナと獄寺と山本とリボーン。あー、あと京子やハルもいるな。懐かしいだろー」

次々と再生される画像ファイルには全て昔の彼らが写っている。着用している制服は並盛中学校のものだ。

「プライベートファイル整理してたら見つけたんだ。もう10年くらい前になるのか。こいつらも今じゃいっぱしのボスと幹部だってのに、時が経つのははえーなー」

「随分と年寄りじみたセリフだ」

「これ見りゃ嫌でもそう思うって」

ほら、と表示された画像に思わず眉間に皺が寄る。モニターの中には今より若いディーノと、悔しいかな、どう見ても幼いとしか言いようのない自分が、二人揃ってボロボロの姿を晒し大の字に転がっていた。

「いつの間にこんなの撮ったの」

「あのさ、何で俺がお前と戦ってたか分かってる?趣味でも娯楽でもなけりゃ本気の死闘でもないの。俺はカテキョーとしてお前に修行つけてやってたの。後々お前のウイークポイントや癖を分析するために録画データは必要だろうが。これはそっからキャプった静止画」

開かれたファイル数が20を超えた頃、眉間の皺はそのままに雲雀は無言でノートパソコンの電源ボタンを長押しした。

「あー!てめ!何落としてんだよ!」

「パソコンごと破壊されないだけマシだろ。これ以上見ていたくない。気分が悪くなってきた」

「えー懐かしいじゃん、昔のお前。仏頂面で凶悪だけど小さくてあどけなくて、ふーしゃー威嚇する仔猫みたいで可愛かったなあ」

「あれを可愛いと思えるあなたの感性が僕には理解出来ない。無知で無力な子供のくせに何でも出来るつもりになってるあの顔にイライラするね。無理矢理地べたに這いつくばらせて押さえ付けて屈服させてやりたくなる」

「待て待て待て、お前の感性の方が理解出来ねーしやべーだろ」

「あなたはよくあれに欲情出来たね。色気も何もない野生動物じゃないか。あなたの好みもどうかと思うよ」

「俺の好みを何で当の本人に全否定されなきゃなんねーんだよ」

とうとう頭を抱えて突っ伏すディーノを見下ろして、雲雀はふん、と鼻を鳴らす。
井の中の蛙だった幼い自分。
したくない事はしない。したい事しかしない。未来永劫一切の例外なく、それが許されると信じていた幼い自分。
幼さは愚かさと同義だ。その愚かさが、あの頃、この男から勝ちを奪えなかった原因なのは知っている。
助言も経験談もウイークポイントの指摘も一切不要と切り捨てたのだから、傲慢にも程がある。
だからその頃の姿なんて見たくない。可愛いなどと、これっぽっちも思えない。

「ま、そうやって昔の自分を毛嫌い出来るようになったのも成長だろ。俺だって、弱くて逃げる事ばっかり考えてた子供の頃の自分は大嫌いだよ。大嫌いだから、もう同じ失敗はしない」

毛嫌いするだけで終わらせず、それを戒めとして心に刻めと彼は言う。
それは多分正しい事なのだろう。けれど意地やプライドが邪魔をしてまだ素直に頷けない。
過去を受け入れられるディーノと、そう出来ない自分の度量の差を見せつけられたみたいで、少しだけ気分が悪い。
表情からそれを読み取ったらしいディーノが苦笑して髪を撫でてきた。
そう言えば、昔からこの男はこうして拗ねる自分の機嫌を取っていた。

「久しぶりに恋人に会えたのに説教なんて野暮だったな。悪い」

蜂蜜色をした瞳が細められた途端空気が一変する。こういう手管はいつどこでどうやって身につけられたのか気になるけれど、聞きたくないし知りたくない。

「あの写真、消さないの」

「消さねえよ。もったいない」

「そんなに昔の僕がいいの」

「じゃなくて記念。お前、写真撮られんの嫌いじゃん。だから俺一枚もお前の写真持ってなかったんだぞ。あの画像ファイル見つけた時俺がどれだけ喜んだと思ってんだ。消してほしけりゃたまには撮らせろ」

「いいよ」

瞬間、蜂蜜色が輝きを増し、瞠られる。零れ落ちそうな甘い瞳は、今も昔も変わらず綺麗だ。

「ベッドの中なら撮らせてあげる」

固まるディーノに身体を寄せて囁くと、白皙の肌が赤く染まった。

「お、おま、なに、何言って」

爛れた環境で育っただろうに不思議と潔癖な彼を愛しいと思う。
彼への愛情と執着と独占欲。
今なお強く心に巣食うそれらが、昔の自分の中に生まれたのが全ての始まりだった。
それなら、未熟で気に入らない過去もそう悪いものではないのかもしれない。

「知ってる?僕は、したくない事はしないんだよ」

したくない事はしない。したい事しかしない。
それを貫けない時がある事を、今の自分はもう知っている。
この先幾度となくその時を迎えるだろう事も。
それでも、なくしたくない信条。幼く愚かで、譲れないもの。

「だから、したい事させなよ」

今一番したい事。それは目の前の唇を塞ぐ事。
甘い悦楽と幸福は、今も変わらずここにある。



2018.10.14


 

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