Novels 3

□voice
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「ボス……ボース。着いたぞ」

車の振動に誘われるまま眠っていたディーノはロマーリオの声で目を覚ました。
最後の記憶は空港を出て雲雀に到着メールを送ったところで終わっている。おそらく、その直後に寝落ちたのだろう。
激務からくる疲労。それに伴う睡眠不足。そして、無事に日本の地を踏めたことの安堵感。心当たりなら腐るほどある。

「いくら日本だからって危険がないわけじゃねえぞ。狙撃してくれって言わんばかりにぐーすか寝てんじゃねえ」

「お前がいてくれっから寝てられんだよ。つか、空港から並中までそれほど時間かかってねーし。言うほど寝てねーし」

「途中渋滞でかなりの時間停まってたの知らねえな」

「うそ。マジ?」

慌てて確認した時刻は当初の到着予定を大幅に過ぎていた。
とは言え、予め時刻を決めていたわけでもなければ、そもそも約束をしているわけでもない。ただ雲雀に会いたくて会いに来た。それだけだ。
ただそんなささやかなテンションも、移動中に届いたと思しき返信メールを一瞥した途端、無残に下がってしまったけれど。

「あいつはもう少し俺に優しくしてくれてもいいと思う。空港着いたぜー車乗ったぜーすぐ行くからいい子で待ってろよーって送ったらよー」

それに対する雲雀の返信は

【呼んでない。待ってもいない。空港戻ってそのまま帰れ】

という、辛辣この上ないものだった。

「ひどくねえ?」

「そんなもんだろ。けど先月だったか、誕生日教えたって言ってなかったか?多分そのせいで何つっていいか分かんなくてツンツンしてんだろ」

「恭弥がそんな可愛いタマか。そん時だって一週間メール返ってこなくて、やっと送ってくれたと思ったら終始ヒバードの話だ。あいつが冬毛になろうがより丸くパンパンになろうが、俺は一切興味ねえ。きっと誕生日のことだって忘れてるよ」

当日でないとは言え、誕生日に近い日程で来日の調整をしたのはそれなりの期待があったからだ。
でもこのメールの文面では祝いの言葉を貰うどころか追い出されかねない。気難しいところもある雲雀に、どうすれば機嫌よくなってもらえるだろうか。

「あーあ。あいつの思ってること、簡単に分かればいいのに。神様がさー、恭弥の考えてること分かる能力とかさー、誕生日プレゼンとにホイってくれたりしねーかなー」

「何寝言言ってんだ。いいからさっさと行って来い。手合わせ餌にぶら下げりゃそうそうぞんざいな対応されねえだろ」

「あいつ餌に食いついてもぞんざいなんですけどねー」

もっとも、どんな対応をされようが大人しくUターンする気はない。文句でもいいから声が聞きたいし、仏頂面でもいいから顔が見たい。
不意に浮かんだ、実は自分はMだったんじゃないかという疑念を追い払い、ディーノは並中応接室を目指して車を降りた。





小さくノックをしてからそっとドアを開け、ディーノは身体を滑り込ませるようにして室内に入った。以前大きな音を立てて騒がしく入室し、その場で殴る蹴るの暴行を受け半死半生になってからの処世術だ。

「恭弥、久し振り。元気だったか?」

たくさんの書類を机上に広げた雲雀は忙しそうだった。ディーノに向ける目は据わって、剣呑ささえ感じさせる。

「帰って」

投げつけられた言葉も悲しいほどに冷たい。いきなりこれかよとヘコんだけど、その直後、有り得ない声が響いた。

『来てくれた』

「あ?」

「邪魔なんだけど」
『時間が遅くなったから来れなくなったのかと思った。よかった。会えた。会いたかった』

「見ての通り僕は忙しい。咬み殺されたくなかったら出て行って」
『仕事調整したって言ってた。きっと無理して疲れてる。こっちの仕事が終わるまで待たせるのは悪いかな。でも、いてほしい』

「待て待て!恭弥!ちょっと待て!」

ほぼ同時に聞こえる正反対の言葉。突然の幻聴にどう反応していいのか分からない。

「恭弥」

「何」
『何』

「俺、ここにいたら邪魔?出てったほうがいい?」

「そう言ってるだろ」
『いやだ。ここにいて』

「え、ええと……」

ディーノは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
いったいこれは何なのか。何が起きているのか。
必死に考える一方でちらりと様子を伺うと、雲雀はもうディーノなど存在しないくらいの勢いで黙々と仕事を再開している。
それでも『声』はやまない。

『顔、見れた。電話越しじゃない声が聞けた。嬉しい』
『もっと近くに来てくれないかな。触りたい』
『早く仕事終わらせて手合わせしたい。話もしたい。もっともっと声が聞きたい』

聞こえてくるのは正真正銘雲雀の声。
けど悲しいかな、絶対に雲雀はこんなこと言ってくれない。その証拠に、彼の口元はへの字に引き結ばれたままだ。
だったらこれは。

(まさか、心の声、とか)

そんなファンタジーあるわけがない。失笑ものの思いつきだったが、ついさっき自身が発したぼやきを思い出した。

ーーー恭弥の考えていることを分かる能力を、神様がくれたらいい

(嘘だろ……)

常識で考えれば絶対にそんなことは有り得ない。でもそうでも思わなければ、この現象は説明がつかない。

「あのさ、恭弥」

「何」

「俺、静かにしてっから。ぜってー邪魔しないから。大人しくお前の仕事終わるの待ってるから。だからここにいさせて。そんで、仕事終わったら手合わせしようぜ」

「……絶対邪魔しないでよ」

「おう。約束する」

ふん、と鼻を鳴らす不機嫌そうな姿とは裏腹に、喜ぶ『声』が優しくディーノの耳を打つ。
やっぱりそういうことなんだと、信じないわけにはいかなかった。





普段は無口な雲雀だが心の声は意外と饒舌だった。
内容不備に対する文句。申請を受理することの影響予測。今後発生する付随案件の処理方法。
仕事一辺倒かと思えばヒバードとロールの行方を気にしていたりもする。
そして。

『ここにいる』
『このひとが、いる』
『嬉しい』

(俺……思ったより愛されてる……?)

今まで一度として聞いたことのない甘い言葉。ぞんざいに辛辣にあしらうその裏で、こうも好意を垂れ流してくれていたのかと思えば嬉しさと気恥ずかしさで身悶えしたくなるが、雲雀の意識を逸らせるわけにもいかず、ディーノはソファーに寝転びひたすら眠ったふりをしていた。

「……何、これ」

小さく零れた雲雀の声。次第に聞き分けられるようになったから分かる。これは現実の声だ。
いかにも声につられましたという体でこそっと身体を起こした。次いで聞こえてきた心の声によると理解出来ないビジネス用語にぶち当たったらしい。

「どした?」

「何でもない」

「何か分かんねえ?」

「別に」

「どれ。ちょい見せてみろ」

雲雀の隣へ移動してその手元を覗き込む。

『近い。このひとの匂いがする。どうしよう。嬉しい』

直後響いた『声』にうっかり赤面しつつざっと書類に目を通した。

「あー、これか?バジェット?予算とか予算案とか特定経費とか、そういうの。文面から、運動部全般に計上する予算のことだな」

「素直にそう書けばいいのに。文字数増やして分かりにくくするとか、馬鹿じゃないの」
『いろんなこと知ってる。すごい。きっとこんなのよりもっと大変な仕事してるんだろうな』

「や、そうでもねーよ、これくらい」

「何。分からない僕の方が馬鹿だって言うの」

「え?あ、いや!違う違う!何でもない!こっちのこと!俺もわかんねーことたくさんあるし!」

つい照れて謙遜してしまったわけだが、心の声を聞かれているとは思ってもいない雲雀からすればただの否定だ。
怒って殴りつけられるくらいならどうということもないが、

『こんなことも知らないのかって呆れてる。物知らずの子供なんかつまらないかな。嫌われたくないのに』

などと淋しげにされると抱き締めたい衝動を堪えるのに多大な労力が必要になるので、どうかあまり煽らないでほしい。
また分からないことがあれば聞いてくれと言い置いて、ディーノは再びソファーに寝転がった。
その後は引っかかる箇所もなかったらしく、やがて雲雀からは終了を告げる『声』が聞こえてきた。

「終わった?」

「うん」

「屋上行くか?」

腰に下げた鞭を翳してみせると雲雀の目が嬉しげに輝いた。

「行く。戦う」
『戦いたい。でもくっついたり話したりもしたい。今日はいつまでいるんだろう』

「そんじゃ手合わせして、その後メシ食いに来いよ。んでそのまま泊まってけ。明日は学校まで送ってやるよ。俺、恭弥ともっともっと一緒にいたい」

「鬱陶しいな。けど、大きなハンバーグを食べさせてくれるなら行ってあげてもいいよ」
『明日の朝まで一緒。嬉しい。泊まるなら、するのかな。恥ずかしけど、それも嬉しい。したいな。してほしいな』

「お、おう。んじゃ、そーいうことで!」

真っ赤になった顔を見られないよう、ディーノは足早に応接室を出た。
赤裸々に好意ダダ漏れの雲雀恭弥という最終兵器の威力を初めて思い知った気がした。
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