Novels 1

□向日葵
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廊下から聞こえるうるさい足音が誰のものなのか、気付けば分かるようになっていた。
ノックもせずに応接室に足を踏み入れる人間など、雲雀が知る限り一人しかいない。
しかもその人物は部外者だ。
本来なら不法侵入者として叩き出されたって文句はない筈だし、実際何度も叩き出そうと試みた。
けれどそれらはことごとく徒労に終わり、何が楽しいのか締まりなくへらへらと笑う顔を見ていると戦意も削がれ、何だか無駄な労力を費やしている気分になって、いつしか文句を言う気も失せた。

顔を上げなくても彼の気配が伝わってくる。
それを厭わなくなったのは、いつからだっただろうか。
意地でも手元の書類から目を上げない雲雀の視界が、一瞬にして黄色く染め上げられた。
驚き、反射的に顔を上げた雲雀の目の前にあったものは、大輪の向日葵。
雲雀の知っている向日葵と比べると、茎は細いし葉も花も随分と小さい。
けれど黄色の花弁は綺麗に揃い、真っ直ぐに伸びた茎からはこれっぽっちのひ弱さも感じられない。

「秋咲きの向日葵」

ようやく雲雀が反応してくれたのが嬉しかったのか、ディーノは楽しげに笑って雲雀を見下ろしている。

「夏ならお約束だけど、秋咲きは珍しいだろ。見つけちまったらもうじっとしてらんなくて、畑の所有者に頼んで分けてもらったんだ」

お前に見せてやりたくて、と嬉しそうに笑うディーノの笑顔から、雲雀は目が離せなくなる。
そんな、あたたかいような、くすぐったいような、落ち着かないようなよく分からない気持ちも、いつからか雲雀の中に存在するようになった。

(いつから?)

よく分からない。
分からないのが何だか悔しくて雲雀は眉を寄せる。
その表情をディーノはどうやら誤解したようだ。

「恭弥、向日葵好きじゃなかった?あれ?俺勘違いしてた?ごめん」

「何で」

向日葵が好きだなんて、一度だって言った事はない。
好きでも嫌いでもどちらでもない。

「前に植物の本見せたら、お前向日葵のページだけじっくり見てたからさ。てっきり好きなのかと思って」

そう言われて雲雀は思い出す。
時間潰しの手慰みとして機械的にページを繰っていた。
色鮮やかで華やかな花達には何の感慨も湧かなかったけれど、明るい太陽の下、大輪の花を咲かせて真っ直ぐに立つ姿には引き込まれた。
綺麗だと、素直にそう思えた。
そして、誰かに似ているとも。

(ああ、そうか)

似ているのだ。
さっき浮かべた笑顔や、髪と瞳の色彩が。
彼の腕に抱えられた花達に、それはもう。

「寒くても咲くんだ」

「さすがに冬は温室じゃなきゃ無理だろうけど」

「なんだ、へなちょこだね」

「無茶言うな。でっかい花屋ならアレンジ用に綺麗な奴が置いてあんじゃねぇ?」

「そんなのいらない」

人の目を楽しませる為だけの、綺麗なだけの花なんて、いらない。

「切花は好きじゃない」

大地にしっかりと根を張り、太陽に向かって茎を伸ばし、限られた時間の中で精一杯咲き誇る強い花がいい。
それがきっと、一番綺麗な姿。

「咲いてる姿なら、見たい」

大輪の向日葵を、それによく似たこの人と一緒に。

「うん」

一方的な雲雀の言葉を、ディーノは穏やかな笑顔で聞いてくれた。
季節外れの向日葵。
彼によく似た花を、彼と出会った季節に、彼と一緒に見たならば、心をくすぐる落ち着かない気持ちの意味も分かるかもしれないと思った。







2011.10.14
 

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