Novels 1

□未来・過去・今
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「こら恭弥、ちゃんと髪乾かさねーと風邪ひくぞ。こっちこい」

風呂上りの雲雀は抵抗むなしくあっさりとディーノに抱き込まれてしまう。
面倒くさがって髪を乾かさない雲雀を見かねて、ディーノはいつも本人の代わりにドライヤーを持つ羽目になる。温かくさらさらの手触りを楽しめるこの時間を、ディーノは密かに気に入っていた。
けれど、それも今夜で終わり。明日になれば、雲雀を含めた過去からの来訪者達は元の時代に戻る事になっている。
十年前の姿をした恋人も今夜が見納め。明日には、自分の腕の中にいるのはこの時代の恋人に戻る筈。もう随分と会っていない気がするのは、様々な事柄が目まぐるしく過ぎ去りすぎたせいだろうか。
ぼんやりと感慨に耽るディーノは、腕の中で自分の服を引っ張る小さな力に意識を引き戻された。

「ん?どした?」

頬を赤く染め、潤んだ瞳で僅かに身を乗り出す仕草は、キスを強請る合図。小さく笑ってディーノは雲雀の願いを叶えてやる。
額に、頬に、鼻先に、そして桜色の唇にそっと触れるだけの親愛のキスを贈る。
眠る前のいつもの光景。キスの後、雲雀はいつも満たされたようにディーノの腕の中で眠りにつく。
けれど今夜はそうではなかった。

「もっと」

「恭弥?」

「ちゃんとしたキス、して。それ以上の事も」

過去に帰る事が決まってから、雲雀はずっと思いつめた表情をしていた。
戻った先の事に思い巡らせているのだとばかり思っていたが、強い決心を湛えた双眸は真っ直ぐにディーノを見つめ、先の事ではなく今この時が雲雀の心を占めているのだと告げてくる。

「恋人同士なら、構わないだろ」

「……だめだって」

「十年前でも十年後でも、僕は僕だ」

こうして雲雀が深い繋がりを求めてくるのは、初めてではない。
この時代のディーノに警戒を解き、髪を撫でる掌や優しく触れるだけの唇に慣れた頃から、雲雀は頻繁により深く強くディーノを欲した。

「今ここにいるお前も、ここにはいないこの時代のお前も、俺は等しく愛してるよ。でも、今のお前を抱くわけにはいかねーんだ」

雲雀に求められる度に言い聞かせた言葉を、ディーノは再び繰り返す。

「僕が子供だから嫌なの?」

「そうじゃねぇ」

雲雀の言うとおり、雲雀は十年前も十年後もその人となりは変わっていない。
昔の姿を懐かしみ、愛しく思いこそすれ、忌避する事などある筈がない。
誰よりも愛おしく大切な恋人。けれど

「お前は、俺のお前じゃない」

この十年、時に寄り添い時に離れ、それでも互いに思いを交わし常に心を添わせて来た恋人は、今は本人の意思で封じられている。
幼い身体は離したくない程温かくて愛おしいけれど、抱き締めて、思いの丈をその身体にぶつけて愛していると告げたいのは、今腕の中にいる子供ではなくて。

「ごめんな」

精一杯の気持ちを乗せた、触れるだけのささやかな口付け。
それは、今までよりもずっと優しくて甘くて、それだけに雲雀には辛くて仕方がない。

「元の時代に戻ったら、お前の俺が待ってるよ」

「そんなの、いない」

元の時代、ディーノと雲雀はただの師弟だ。
自分の仄かな思いに気づく事も応える事もないディーノが向けてくる気持ちはただの親愛であって、恋情などでは決してない。

「俺、鈍いからな」

苦笑とも失笑とも取れる空気が二人を包む。

「でも、ちゃんとお前が好きだよ」

「うそだ」

「ホント。まだ自覚してないだけで、お前が大切。きっといつか恋になるから、それまで待っててやって」

「いつかって、いつ」

「それは言えねーんだ」

ごめんと繰り返すディーノの腕の中、抱き締められながら雲雀は強く唇を噛み締め俯いた。
過去だろうと未来だろうと自分が自分であるように、ディーノもまたディーノだった。
この時代の自分達が恋人同士だと知った雲雀の胸に浮かんだのは喜びではなく、この時代の自分に対する嫉妬。
自分が欲しくても手に入れられずにいる彼を、手に入れている自分が羨ましくて妬ましい。

今もそうだ。
自分は拒まれて、今ここにはいないこの時代の自分はこんなにも彼に愛されている。
ずるい。
けれどそれが子供じみたワガママに程近い嫉妬心だと言う事も、ちゃんと分かっている。

ここは自分のいる場所ではない。
この時代も、この腕の中も。
その事だって分かっている。
明日には本来いるべき場所に帰る。そこには、その時代のディーノが本当に自分を待っていてくれるだろうか。
ディーノの優しい腕に守られて、雲雀は一睡も出来ずに最後の夜を過ごした。
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