Novels 1

□どうかその思いに気付く日がきますように
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夏休みであっても補習や部活動で登校する生徒は少なくは無い。
教職員もしかり。
だが、彼らは決して応接室へ足を踏み入れる事はしない。

故に応接室には、外部の賑やかさとは対極の静けさが満ちていた。
筈だった。

「明日の夏祭り、一緒に行こうぜ」

沢田綱吉から聞き及んだ並盛神社の夏祭り。
どうしても雲雀と一緒に行きたくて、今回の来日中ディーノはかなり仕事を調整してきた。

「ほらほら、仕立ててもらったんだぜー」

嬉しそうに見せびらかすのは、上品な藍染の浴衣。
落ち着いた濃紺地に小格子。白皙の肌や金糸の髪が映えるだろう事は、一目で分かる。

「な、一緒に行こう?」

「夏祭りは風紀委員会にとってかき入れ時だよ。遊んでる暇なんてない」

その事も綱吉からちゃんと聞いている。
風紀の仕事は雲雀にとって大事な仕事。それを放り出させるつもりはない。
それでも

「ちょっとの時間でいいから」

例えば、休憩時間に隣にいるとか、その程度でいい。ほんの少しでいいから自分に時間を分けて欲しい。
必死な割にささやかな願いを訴えるディーノに僅かに視線を移し、雲雀はしばし考える。
やがて

「戦ってくれる?」

雲雀が持ち出した取引案件はディーノの想定内。

「今?」

「今。手加減なしで」

普段の手合わせでは、雲雀の力量に合わせた手加減は必須だ。
けれどこの子供は、どうやらそれが気に食わないようで。

「僕が満足するまで戦ってくれたら、明日時間を作ってあげてもいいよ」

既に両手に愛器を納め部屋を出て行く後姿は、ディーノが着いて来る事を疑いもしていない。

「この戦闘マニアめ」

肩を竦め、ディーノも鞭を片手に屋上に向かう。
いつもより本気を出しつつ、なるべく傷を少なくとどめる戦い方を頭の中でシュミレーションするのは、なかなか骨の折れる作業だった。





「おーい。大丈夫か?」

ディーノはしゃがみ込み、大の字で伸びている雲雀の顔を覗き込む。
傷といい衣服の傷みといい、今の雲雀の姿はいつものそれよりも散々なものだった。

武器を構え向かってくる雲雀があまりに嬉しそうだったから、つい本気になって応戦してしまった。
そうすれば尚更雲雀は瞳を煌めかせるから、ディーノとしても引くに引けない。
結果、力の差は歴然で雲雀はこうして伸びている訳だが、その顔に悔しそうな影は見当たらない。

「いつもこれくらい力出しなよ」

「それじゃ修行になんねーだろ」

「咬み殺し甲斐があるほうがいい」

顔の傷を無造作に腕で拭う仕草は、初めて会った頃から変わらない。

自分には無い色を持つこの子供に、ディーノは一目で恋をした。
銀色の武器を手に挑みかかる強い瞳から、目が離せなかった。
まだ子供だとか、同性だとか、ボンゴレの守護者だとか、その他山程ある問題要因も、どれ一つとして雲雀に向かう恋心のブレーキにはなってくれない。

雲雀に初めて好きだと告げたとき、雲雀は、言っている意味が分からないとでも言う風に眉を寄せて小首を傾げたから、少しだけ寂しかった。
けど、そんな小さな仕草も可愛くて。

応えてくれなくても構わない。
少しでも長く側にいたい。
雲雀と互角以上に戦える稀有な人間の一人としてでいいから、この先もずっと興味を持っていてもらいたい。

そんな風に、穏やかに季節を過ごして来た。
もうじき、また一つ季節が変わる。

「一時間」

物思いに耽っていたディーノの髪を、寝転がったままの雲雀が引っ張って声を掛ける。

「え?何が?」

「明日取れる時間。それでいいよね」

我に返り慌てて聞き返したが雲雀は気を悪くするでもなく起き上がると、大欠伸をしてさっさと屋上を後にしてしまった。

(一時間)

明日手に入れられる雲雀の時間。
自分の我侭を聞いてくれて、譲歩してくれた特別な時間。
たった一時間という僅かな時間がまるで宝物のように思えて、ディーノの胸はじんわりと幸せな温もりに包まれた。
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