Novels 1
□ナターレをあなたに
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確かに以前から、クリスマスを共に過ごしたいとは折に触れて告げられていた。
けれど正式にクリスマス時期の渡伊を打診された時にはきっぱり断ったから、雲雀の中ではその話は終わっていた。
ディーノもその後その話を蒸し返しはしなかったから、全く気にしていなかったのだ。むしろ忘れていた。
「まだ怒ってるか?」
一切着崩す事のない漆黒のスーツを身に纏い、恐る恐るディーノが聞く。
雲雀は、何杯目になるのか数えてもいない紅茶をガブ飲みし嫌味なくらい綺麗に飾られた焼き菓子の皿に無言で手を伸ばす。
日本人の、それも子供にとってはベッドにすらなるくらい大きなソファーに深く身を預けると、それは心地よく身体を受け止める。それもまた腹立たしい。
「ねえ、戦ってよ」
「仕事から戻ってきたらな」
「嘘つき」
雲雀がそう詰ると、ディーノはひどく困った顔で雲雀の髪を撫でてよこす。
「いつでも戦ってくれるって言った」
それが、イタリアに拉致られて来た雲雀を宥めた一言だった。
何の変哲もない日常。
ディーノが応接室に現れる事も、その後の手合わせや食事もいつもの事。食事を終えた後眠くなるのも珍しくはない。
着くまで眠っていればいいとのディーノの言葉に引き込まれるように眠りの淵に意識を沈めた。
それすらも日常。
けれど、日常はそこまでだった。
目覚める場所は大抵がディーノの滞在するホテルの部屋。広く天井の高いそこは悪くないと思っている。
けれど今回雲雀が目覚めた場所は、その広さも調度品も何もかもホテルなんて比べ物にはならなくて。
「ここ、どこ」
「俺んち」
まだぼんやりしている頭はディーノの言葉を認識しない。悪びれない笑顔で雲雀の髪を撫でる仕草はいつものディーノだけれど。
「どこ」
重く感じる身体を起こし、雲雀は再度ディーノに問いかける。
視線を合わせて睨みつけると観念したのか、ようやくディーノは事の顛末を語った。
食事時に、身体に害は無いが一日程度は目覚めない睡眠薬を盛った事。
雲雀が眠っている間にプライベートジェットで、ここイタリアのキャバッローネ邸へ連れて来た事。
今日からクリスマスまで共に過ごして欲しいと思う事。
ディーノの言葉を一通り聞くと雲雀は怒りに任せてトンファーで一撃食らわせた。二発目を打ち込むべく重心を動かしたところであえなく拘束されたが、そんな事で雲雀の怒りは治まらない。
「ここにいる間中、お前の好きな時に手合わせしてやっから」
手足を振り回しディーノへの攻撃をやめない雲雀の動きをとめたのは、ディーノが告げたその一言だった。
「自分で言った事も忘れたの」
「さっき戦ったばかりだろ」
その言葉を告げた直後、広い中庭で長時間に渡って手合わせをした。
大暴れ出来たせいか目覚めた直後の地を這う機嫌の悪さは影を潜めていたが、どうやらその効力も切れてきたらしい。
ディーノが雲雀の顔を見に来たのはそんなタイミングの時だった。
「今から出掛けなきゃなんねーんだ。帰って来たら相手してやっから」
「いやだ。僕は今がいい」
「いい子だから聞き分けてくれよ。俺にも仕事や都合があるんだ」
「そんなの、僕にはないとでも思うの」
ディーノの言う『仕事』に比べたらその重みも持つ意味合いも全く比べ物にならない事は雲雀にだって分かっている。
それでも自分にとって並盛での見回りや風紀の仕事は大切なものだ。
誰にも軽んじる事は許さない。
例えそれがディーノであっても。
「戦いなよ」
それら全てを引き剥がして非合法にイタリアくんだりまで連れて来たのだ。だったらディーノの方も全てを捨て置いて自分を最優先にするべきだ。
「早く」
そんな気持ちを瞳に宿し雲雀がディーノの腕をスーツの上から強く掴んだその時、部屋のドアが大きく叩かれた。
「ボス、もう出ないと間に合わねぇ」
欠席は勿論、遅れる事すら許されない会合に出かけるべく主を迎えに来た腹心の声がドアを挟んで低く聞こえる。ディーノは掴まれた腕はそのまま、ソファーに座る雲雀の前に片膝を付き視線を合わせた。
「悪ぃ。すぐ帰ってくっから」
「何を悪いと思ってるの」
「え」
「それは何に対しての謝罪?」
「えーと、言いだしっぺなのに守れなくてすみません的な」
「それだけ?」
一呼吸おいて雲雀はディーノを見据えたまま言った。
「僕をここに連れて来た事に対しては?」
ディーノがその問いに答えられず雲雀を見上げていたのはほんの数秒の事だったに違いない。再度ドアを叩き外出を促すロマーリオの声に我に帰るまで、ディーノの頭の中は雲雀のその言葉がずっと渦巻いていた。
小さく息を吐き、腕を掴んでいた雲雀の手を外す。
思いがけず、それはあっけなく外れた。